
今日はユナイテッド・シネマとしまえんで
8番スクリーン、THXでウィンブル・シートのレイトショウを予約してある。にこにこ。
初めて行ってみた「ユナイテッド・シネマとしまえん」は、いつの間にできたんだろう。日曜日でしかもクリスマスの夜だったからなのか印象としては閑散としていたけれども、それなりに居心地はまあまあよろしい。少し上品っぽいきらいはあるが、まあ新宿ローヤルみたいなシネコンがあったら‥‥楽しいなあ(爆)、措いといて。
- えーと、THXっていうのはジョージ・ルーカスが考え出した音響システムで、こないだうちまでは立川あたりまで行かないと体験できなかったんじゃないかなあ。いや、僕も初体験ですけど。詳しいことはこのへんで読んでください。よく判んないけどサーカム・サウンドとかトレンブル・サウンドとかの仲間ではないのだろう、と思う。よく判んないけど「音は良かったか」と聞かれれば、太鼓判は押す。
- ウィンブル・シートってのは(覚えられないので「ブルンブルンシート」と命名しました)、なんか椅子が重低音に合わせてぶるんぶるんして腰の血行がよくなるような感じでした。追加で200円を支払う価値はあったな。ウィリアム・キャッスル存命なれば泣いて喜んだ、かもしれない。あるいは江戸川乱歩とか。
繰り返しになるが、500席弱の8番は日曜日のレイトショーだからなのか年末だからなのかクリスマスだからなのか終了が24時ちょい前だからなのか、まさか『キングコング』だからじゃあねえのだろうが、がらんがらんで観客がざっくり20名様。もったいない。もったいないけど客席が静かなのはありがたいなあ。
ネタを割っちゃうといかんけどと思いつつもだらだら書くので、未見のあなたは適当なところで読むのを止めてください。鑑賞の邪魔になるようなことはおそらくはないとは思うのだけれども、念のため。
まんつ、ピーター・ジャクソン版の『キングコング』は大傑作でしたぜ旦那旦那。
ノンストップのジェットコースター・アクション巨編で、RKO版(ラウレンティス版は無視することにします)ではラストのデナムの台詞に腹を立てた向きにも納得できる仕上がりだと思います(僕は、あの映画の特撮は大好きだけど話はあんまり好きじゃねえんだな)。
語り口も素晴らしいし、たとえば『ジュラシック・パーク』のただ怖いだけの特撮に辟易したかたにも観ていただきたいし、動物好きのかたなら「ペットの話(ちょい暴走)」として観ていただいてもいいし、もとよりRKO『キングコング』の好きなかたならラストの台詞は(同じだけど)よりよく腑に落ちるものになっているし、古典のリメイクとしても「アメリカのゴジラ」のような落胆はないものと確信する者なのでした。3時間超、長くねえってば。
とりあえず書いておくと、エンドロールを眺めていたら「(ひこうきの)パイロット役」にリック・ベイカーの名前があった。え? 『Planet of the Apes』の、『ハウリング』の、『ビデオドローム』の特殊メイキャップ・アーティストの? 調べてみたら本人でやんの(笑)。そりゃあ『猿人ジョー・ヤング』のリメイクまでやったのに『キングコング』に呼ばれてねえんじゃピーター・ジャクソンも義理を欠くってもんだ。というかウィリス・オブライエンは彼らにとっての「神」でもあろうし、と思って調べてみたら平気な顔してフランク・ダラボンとピーター・ジャクソンも出演していた。そりゃまあ出たいよなあ。呑気な人たちでとても好ましいし、映画として祝福されていることもよく判る。いい話だ。

アン・ダロウの相手役をきれいに2つに分けちゃったものだから、実はドリスコルはまったく役に立たない。なにがなんでも愛する者を守るという根性は買うが、生き残ったのも偶然だし、たいがい事後に現れてアンを救うだけだし。そもそもこいつがいなけりゃ丸くおさまってたんじゃねえの? キングコングとアンは髑髏島でいつまでも幸せに暮らしました、みたいな感じで。ドリスコルがうっかり助けちゃうから、あとあとの大問題が出来するわけであってさ。個人的には、島で拉致られて、でも助けられて打ち解けたまんまでも良かったようにも。良かないか、まあその。
対するキングコングのほうは、実は俺なんじゃねえか。頭は悪いし辛抱もないし、でも正直で真っ直ぐで、いい人だと思いました(俺のことじゃないよ)。癇癪の起こし方も僕と似ているし、どうやらいっしょに飲みに行くと微妙に説教癖のありそうな、でも憎めないオヤジ系とみた。
再会を果たして楽しくデートなどして、そのあたりから後のキングコングの背中が白っぽくなっているのに気づかれた観客は多いと思う。これをシルバーバック(背中の白髪)と言って、ゴリラで言うなら(キングコングってゴリラなのかなあ)「成獣となった証」なんだな。そう、キングコングはアン・ダロウと出会い、慕い、そして心を通わせ合うことによって成人した。島でも北米でもアンを追い続けたシチュエーションと、池のシーン(通過儀礼のメタファではあらん)、そしてビルのてっぺんでのアンを気遣って押しやるシーンを追っていけば、これは明らかだと思う。
デナムさんはデナムさんで、「利益を遺族に!」というのは観客全員が「嘘つけっ!」と思っているのだろうけれども、ショービジネス界で名を残したいという意志は強烈だったんだろうなあ。フィルムが(カメラではない)ダメになった時点で、即座にキングコングの捕獲を決意したものとみた。
そして、デナムは自己の責任をぜんぜん感じていない。だろう。と思う。クローム製(クローム・モリブデン鋼だろうか)の手錠だの足錠だのの強度計算を間違えたのは業者だし(姉歯さんとか)、興行師が珍しいものを見つけたら持ち帰るのが当然だろうがよ。
これはチャンスだ! 間違いない。
終幕の、先述したカール・デナムの台詞はRKO版と同じだと思うが、ピーター・ジャクソン版のほうが(日本語訳はともかく)生きてきているような気がする。理想の女を巡って2人の対蹠的な人物が争ったとするならば、片っぽが死にでもしなけりゃ映画としては成立しないでしょう。しかも、かたや都会で文筆業、かたやものすごく田舎で野営生活(だから野営生活のいちばんいいところをアンに紹介する)。野営のほうは、映画的には説明されていなかったけど、たぶんものすごく臭いぞ。あまり言いたくないけど学歴もないし西洋文明的な教養もないし、クレジットカードどころか銀行預金もないし(「キングコング」という定職だけはあるのだが)、それでもとても魅力的だ。やっぱり「髑髏島で幸せに暮らしました」で良かったんじゃないかなあ。それが叶わなかったのは、彼の愛した女が都会のひとだったから。ど田舎の文法が都会ではまったく通じなかったから。切望しても手に入らないものはある、そんな話なのかな。
こまかいところをいくつか。
- 落っこちた崖下でサソリが襲ってくるという状況は、RKO版でも撮影はされていたような話を読んだことがある(カットされた)。僕としては、いちばん嫌な殺され方はあの腔腸動物だなあ。お願いだからせめて脊椎動物に代わってほしい。
- ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』が何度か引用されているのだが、引用の座りはいいのだが、なにか意味があったのかな。『地獄の黙示録』の原作かなんかじゃなかったかしらん、いいんだけど。
- ※翌年1月12日追記:
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『闇の奥』で考えるから判んなかったのかな、『地獄の黙示録』のほうから類推すれば、あれはジャングルの奥で未開の民を統べている王様をぶっ殺しに行く話ではないか。それはつまり『キングコング』そのものであり、キングコングがカーツで、デナムがウィラードということになるわな。
そして、『闇の奥』がある意味で西欧文明の驕りを描いていたとするならば(いまアメリカが中東でまったく同じことをしている)、ニューヨークのシーンは全編がその文明の衝突だったとも言えるのではないか。キングコングの受ける滅茶苦茶な扱いはほとんど『マンディンゴ』みたいな感じで、デナムに腹の立つこと夥しい。そして彼を理解していたのはアン、くらいか。
- 別離の場面で襲ってくる吸血コウモリなんですが、顔が『吸血鬼ノスフェラトゥ』とそっくりなんで笑いました。
- それよりも、たくさん登場する髑髏なんですが、なんでやっぱり歯が植わってるの? 俺の上下顎の歯根って、究極の歯周病たるガイコツに劣るの? なんか納得が行かない。
- みんな、高いところって平気なの? 僕はさいきん弱くて、ところどころふくらはぎとか土踏まずとかがムズムズして困りました。20歳くらいまでは平気だったんだけどなあ、どうやら保身に蝕まれているようです。いかんいかん。
- 試写室から追っかけてきた重役たちがコートを着ているのはおかしいと思う。デナムがいないと聞いた時点で試写室から飛び出している筈だ。
- キングコングってば、油断していると右下犬歯が唇の前に飛び出している(気合いが入るとひっこむ)。可愛い。
- 関係ないけど、ストリップティーズの看板にいた東洋人のお姉さんって、筑波久子? 確信が持てないのだが、ご存知の向きにはご教示いただければ幸甚です。
ま、観とけ。
1月7日追記:
この上のほうに書いていない重要なことをいくつか(自分も忘れそうなもので)。- アンは劇場にいない。キングコングを(男性として)認めているのならば「かねもうけ」に参加しないのはとうぜんのことだろう(アンジェリーナ・ジョリーだったら救出に行ってるとこだ)。
- 池のシーンとそれに続くカタストロフとを繋ぐ水面爆撃シーンは、やはり「天国と地獄」という感じで心に沁みる。あまりの落差に、こないだはつい酔っぱらって思い出してしまって号泣してしまった私。
- Moritoさん(トラックバック参照)の言う
「The Beauty killed the beast」は、「美女が野獣を殺したのだ」と訳されていそうな気がするけれど、僕の中では「Beauty」は「美女」ではなく「美、美しさ」つまり「心の美しさが野獣を殺した(キングコングの心が美しいが故に死に追いやられた)」という意味にしか聞こえなかった
にも共感できる(こちとら「How do you do?」の和訳が「なにしてんの?」だもんで、ありがとうございました)。だからこそ戸田訳(「殺させた」だと?)がちょっと許せないのだが、大人なので措く。 - 登場人物たちがあまりに貧乏なのでよく考え直してみたら、舞台となる1933年ってニューディールのTVAが始まって、ついでに禁酒法が廃止される直前あたりなのね(禁酒法とニューディールと映画産業との関係がよく判らないのだが、措く)。つまり、キングコングやってる隣でアル・カポネとエリオット・ネスがデパルマしていたわけだ。
クーパーとシューザックは単なる山師だったのが、オブライエンが頑張って傑作にしたという話も仄聞するのだが、詳しくはないので措く。 - ほんとに関係ないんだけど、アンではない女の子にはキングコングってば興味ないのね。まあ人類愛とかは無いだろうし(僕も持ち合わせていない)、その異文化コミュニケーションが成立するあたりも見所でしょう。
- 東芝の液晶テレビにキングコングが映っていて、観ているのが松井ゴジラという洒落は、やっぱり偶然なんだろうなあ。狙ってやったのならば電通(だと思うけどよく知らない)はいいセンスしていると思う(言い募らないところが)。
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観客の8割以上が、しびれを切らして既に席をたつ。
でも、その最後に前作に対するメッセージがあるんだよね。
ところで、スカル島からどうやってキングコングさんを連れ帰ったんだろうね(笑)。
moritoさんは原語で観られてうらやましいですよ、マジ。It was the beauty who killed the beastは、戸田字幕では「~殺させた」になっちゃっていて、じゃあ主役は複葉機かよっみたいな。池のシーンの意味とかなんもかも判っとらん、ほんとに字幕が邪魔でした。
リック・ベイカーのネタは誰もつっこんでくれないので寂しく思っていました。さらに微妙に外してくださって(とうぜんご存知ですよね(笑))、ありがとうございます。またよろしく。