徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


12/01のツイートまとめ
Reviken_Tokyo

RT @nagi_sa_ten: 本当にあった新築住居(俺の家)お分りいただけただろうか… https://t.co/6AK0nM2LjZ
12-01 19:11

稀な父子喧嘩。父「でかい声出すな!」僕「遺伝!」父「なんだその目つきは!」僕「遺伝!」これでモメたら阿呆だな、とお互いに思う。
12-01 18:53

わりと好き→アーストイレのスッキリエア!CM 神田沙也加 https://t.co/41W26zJ5dg @YouTubeさんから
12-01 18:45

@gcyn 中島らも『永遠も半ばを過ぎて』が1994年なのに写植機を使った出版の話なんですよね。時代としてはすこし齟齬があるんだけれど、あれはあれで「あるべき書籍の姿」をも描いてみせたのかな、とさいきん思うのです。集団就職は、爺にPCだのITだのを教え込むよりは以下略
12-01 18:20

@gcyn 大手印刷で「CTS」って聞いたことない? 1970年代末くらいから所謂ライノタイプが徐々に電算化されていって、「タイピングなら若い娘だろ」ってんでほんとうに「村から娘の団体」が上京していました。僕はほぼ「指導係」でして、教えた以外にはあんまり働いた記憶がないのです。
12-01 18:03

@gcyn ざっくりの続き:1990年代末:電算写植全盛、パワポ黎明期。1995年頃:誰でもパソコンを使うようになって専門業衰退。2000年頃:業者が「音声データ」か「ビジュアル」に二分され始める。2010年頃:けっこう生き残る道が限られてきて現在にいたる。こんな感じ。
12-01 17:55

@gcyn ざっくり、1980年頃:手書きの清書。作家がワープロ原稿をファクスしたら「原稿依頼なのに初校が来た」って編集部が騒いだとやら。1985年頃:電算写植黎明期。大手印刷に「集団就職のお姉さんたち」が東北から来てた。1990年代:清書業務衰退期、ビジュアル方面増える。
12-01 17:50

@gcyn たぶん1980年代半ばからは「ワープロで作るプレゼン資料」が多かったかしらん。それ以前なら手書きだし、本音を言うとパワポなんかよりは説得力はあったとも思うんだけど。1990年代からは音声(語り)関係に片足突っ込んで、それもそろそろ終わるんで次どーしよーかなーみたいな。
12-01 17:45

@gcyn その後に老害が「だって清書するだけなのにこの価格設定はおかしい」とか言い始めて、編集子には好評だったんだけど廃業しました。価値の判らん奴のために努力するのも面倒だったし、タイピングだけでも仕事はいくらでもあったし(当時は、ってことね)。
12-01 17:41

@gcyn けっきょく納品するのはレアデータなんだけど、その段階である程度は「編集的な手」を入れてやってました。「ぜんぶ"ですます調"に変更」くらいならサービスしてましたね(どうせ読んでるんだから大した手間じゃない、それこそあとは編集子のお仕事)。ワープロ普及初期の話です。
12-01 17:38



@gcyn 僕は「手書き原稿の電算化ワープロ業」はなやかなりしころ、「編集の赤入れにさらに赤入れてくるヘンな入力業者」で売ってました。それを「入力業務の付加価値」にしていたころはけっこう儲かったんですが、「付加価値のほうだけ」になったらあんまり美味しくないんでやめちゃった。
12-01 17:29

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