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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


不確定性原理。
不確定性原理新装版 さいきんは、お掃除中に掘り出したブルーバックスを読み返している。今日は都筑卓司『不確定性原理』。

間違ってるかもしれないけどざっくり書くと、「観察する」という行為そのものが観察対象に影響を及ぼしてしまうがために、純粋に客観的な観察というものは存在しない、といったような話だと思うんだな、たぶん。中学生時分にこの本を読んだときには、「要するに人間ってばなんにも判んねえんだな」と決め込んで、そしてこんな大人になってしまいましたとさ。

たとえば、

  • 料理の味見をすると、おたまで料理をよそうことで料理の味も温度も変わってしまう、
  • ライブを観にいったとして、自分も含めた観客の員数や反応によって演奏自体が変わってしまう、
  • 典型的な例としては「ヤー公のガンつけ」があるか。あれもいちおう相手を物色していたりはするのだろうが、観察というには怖すぎるだろう。
といったような話なんじゃないかなあ、とうすぼんやりと考えるアタマのヘタクソな私。
さて、どこぞの酒場かなんかで可愛い女の子に出会ったとして、僕が「あ、可愛いな」と思ったとする。主な要因としては話の内容とか造形とか衣裳とかまあいろいろあるのだろうけれども、ここでその娘さんと僕との関係性を加味して考えることも無駄ではあるまい。

つまり、僕が「あ、可愛いな」と思ったということは、その原因には彼女のほうの反応も要因として含まれている。それは上気した頬ででもあったり、なにやら分泌されたホルモンなりフェロモンなりの効果であったり、はたまた散大した瞳孔でもあったりしよう。すなわち、彼女のほうも僕に好意を持っているわけだ。間違いない。

ここまで、論理としてはカンペキなのだが、なぜ毎度毎度間違いなく僕の勘違いなのだろうか。腑に落ちない。

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コメント
この記事へのコメント
違うのだけどまあいいや
不確定性原理は実は観測とは関係ない話なんだけど、なんか話の腰を折るようで悪いね。

観測しなくても、もともと位置と運動量が確定した状態ってものが、この世には存在しない、ということなんだけど。

観測による擾乱についてはやはり似たような関係式があるらしいのだけど、詳しくはしらない。

ま、最初は当のハイゼンベルクも混同していたし、1970年より前の量子力学の教科書(もち専門書)もほとんどごっちゃにしてます。

最近そっち関係でヒルベルト空間とかの数学の本を読んだりしてるんだけど、じぇんじぇんわからん。むずかしい。
2007/05/07(月) 22:29:03 | URL | へ~ #P5g2hB2E[ 編集]
いや助かります。
自信ねえもん、ありがとうございます。

そうさの、「つまり観測はできない」くらいの理解なんですね。そして「可愛い女の子」を観察するケースについては、たぶん僕のほうが正しい。「この子は僕に気がある」とするほうが圧倒的に正しい。僕は「間違いなく」という言葉を滅多に使わないのだけれども、このケースについては間違いなく正しい。

頑張ります、ありがとうございました。
2007/05/08(火) 00:07:03 | URL | りびけん #GAkJEmLM[ 編集]
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