FC2ブログ
徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


オヤジ(続き)。
さきの関屋晋先生逝去の記事の、ちょっと続き。

葬儀日程などは判明次第、ここでもご案内しますね。僕の任ではないとは思いますが、現状では新聞発表以上の情報を市井のかた(というのか)が入手するのは難しかろうという判断によります。
また、もっと余計なお世話を述べさせていただければ、突然のこととてご遺族ならびに関係各位へのお問い合わせもご遠慮いただきたい、というのもあります。それなりに最新情報は入手して公開できると思いますので、こんな木っ端合唱団員ですがちょっとだけアテにしておいてください。


京都エコーと松原混声の合同演奏会(10日)では、「入場するなり"関屋先生逝去"の張り紙があってお客さんがびっくりしていた」、のだそうです。

演奏会自体は無事に開催されたそうで、前日にそんなことがあれば全員揃って身も心もボロボロだったろうにとも思うが、気丈に演奏なさったことと思う(それができる人たちであることを僕は知っている)。関屋晋の指揮分は、清水敬一が振ったのだそうです。舞台挨拶では団長の大谷君がボロ泣きしたそうだが(←風聞)、あいつはそういうやつだ。

アンコール時には関屋晋先生に黙祷が捧げられ、アンコールはオヤジの好きだった『鳥が』(川崎洋+新実徳英、委嘱初演は松原混声+関屋晋+田中瑶子)が演奏されたそうです。男声版の初演(合唱団は早稲田大学コール・フリューゲルで、あとは同じ面子)では僕も歌ったなあ。予定の曲だったのかどうかは不明だが、どうでもいいか。


月曜日には、少数の関係者が集まってくれたようです。掟破りだが某所メールから抜粋させていただく(堪忍な)。
月曜日正午京都市中央斎場にて、オヤジさんをお見送りして参りました。
ご親族、京都の合唱関係の方々、演奏会に参加した松原のメンバーを含め、30名ほどの人間のみ立ち会わせていただきました。

演奏は派手ダイナミックだが大袈裟なことはきらっていたように思えるオヤジらしいとも思う。同日同時刻あたりに合掌はさせていただいた。俺あたりならばそれで充分だとも思う。


以下、僕の立場の話など。読まなくても関屋先生界隈とは関係ありませんので大丈夫。




僕は早稲田大学高等学院グリークラブに3年生の春(17歳くらいですか)から入部。その年の暮れのNHK『第九』では、合唱経験半年くらいで小澤征爾指揮で歌っていました。合唱指揮が関屋晋って、この年に始まったのかな。よく判らない。その後は早稲田大学コール・フリューゲルの常任指揮者がまだオヤジだったもので(現在は清水敬一だと思う)、ここでまた長いこと付き合って、そのあとはたまに晋友会にも参加させていただいて。

傘下の合唱団の演奏会では、ときどきステージ・マネージャをやったり、なんでかハーモニカを吹いたり和太鼓を叩いたり(どうせ色物合唱団員ですよ)、といった感じでお付き合いはあった。

やはり晋友会傘下の「いらか会合唱団」にも所属しているので、そこそこ情報は入る。と思う。


この話題に関連する限り、ふだんは速攻削除しているスパムっぽいトラックバックやコメントも放置しておきます(誰とは言わないが)。諸事情ご勘案のうえご理解くださいませ。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
footcopy