徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2013年10月29日(火曜日): コラーゲンコラーゲン。
今日の母話:

竹内結子さん 写真は言わずと知れた竹内結子さんの、アイスクリンの宣伝当時の画像である(私による無断引用である)。

2011年の弟の結婚式のときに、新宿伊勢丹に付き合って披露宴用のチュニックを見立ててやったわけ、俺が。翌年に竹内結子さん(『ジェネラル・ルージュの凱旋』とか傑作)がTVCFで同じものを着ているのを母が発見して、「いい趣味してるねえ、竹内くん」というのが合い言葉になっておったりした。

ほんとに趣味がいいのは実は俺なのかもしれないのだが、そこは今は措く。
母のこのチュニック姿の画像が見つからないのが少しだけ残念ではある。


今日の清掃:

06:00くらいに起床して、燃えるゴミなどを提出するついでに公園におらしたお婆ちゃんとお話などする。雑談しているうちに後続のゴミを出し損ねたのだが、まあ構うまい。1年間に亙ってほぼ留守にしていたもので家のなかがすこーし凄いことになっているのだが、まあのんびりやるさ。

夕刻から酒瓶とペットボトルもあらかた提出させていただいた。


今日の昼飯:

野暮用で新宿に出たもので、ついでにタカシマヤの玄海で鶏飯などいただいてくる。あいかわらず辛気くさく亡母ネタなのだが、まだ歩けた時分に最後に食事をしたのがここだったんじゃないかな、よく憶えていないがたぶんそうだ。

だいたい朝から大病院、タクシーで新宿伊勢丹か高島屋でお買物と昼飯、みたいなルーチンができていた時期があっての、昨秋までなら歩けたし伊勢丹も高島屋も車椅子の貸出があって安心できたのでよく行っていた。片麻痺が来ていたもので、食事は素手か散蓮華で食べられるものに限定されるので、あらかた寿司とかピザとかなわけね。玄海なら雑炊は蓮華でいけるだろうということで選定して、けっこう好評ではあった。

玄海後にふと温泉にでも行ってみようかと思ったのだが、なんかJTBでは高いことを言われるし(自慢じゃないが貧乏だ(ほんとに自慢じゃないな))、ネットでは津久井湖だ熱海だといろいろ意見が交錯しているし、とりあえず今日はいいや。風呂には入りたいのだが。


今日の夜遊び:

夜は歌舞伎町Golden Eggのサトシくんセッションに顔を出してみる。うん、in Bとin Eはやはり苦手だな、ちょっとだけ練習してやろうと思ったことでした。すくなくとも『東京タワー』だけは完璧にしようよ、俺。それで終演後に例によって楽釜製麺で饂飩など手繰って本日終了。

サトシくんにやっとカノジョができたというので殺意を覚えたのは内緒な。



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2013年10月28日(月曜日): 終わってたまるか。
今日の母ちゃん:

パリ行くぜっ! おーっ! 写真は、病床で俺「パリ旅行行くぜっ!」母「おーっ!」というやりとりをしたときの母のブイサインである。あまり可愛く撮れていないので留保していたのだが、いちおう載せておこうか。

母が余命1週間を宣告されてからも、退院してから行く予定のパリ旅行の話はしていたし、ガイドブックを読み聞かせもしていた。嘘も方便やら為にする嘘には当たらない、突如として医学が進歩して治っちゃう可能性だってあったのだからこちらもマジなのね。現に「余命1週間(正確には4日間から10日間)を告げられてからも、母は元気に6週間も生き抜いたではないか、医者ざまーみろ(これは嘘です、お世話になりました)。抗癌剤も「西洋人には効かないから東洋人には効くってどういう理屈だよ」と思ってイレッサ(ゲフィチニブ)を俺判断で忌避したら、数年を経て生検で不適応が判明して「やらんといてよかった」という話になったのも医学の進歩のおかげではある(ちなみに、肺下葉切除の際の検体があることを担当外科医が知らなかったので俺が指摘したら、出てきた。なにやってんだよ東京女子医大)。昔なら虫歯だって死病だったわけだし、母が生まれてくるのがちょいと早かったって話だよな。その場合には俺も現世に存在していないわけだが、こっちは誰も困らない。

まだ書いていないと思うので書いておくと、最初は10年くらい前かな、健診のついでに母に肺癌が見つかって、肺右下葉切除はしたのね。そっちの予後は良好だったのだけれど、5年くらい前だったかに再発があって抗癌剤治療を開始。3か月くらいを1クールとして抗癌剤をくるくると取り替えていくわけで、その間に俺が忌避したのがイレッサだけかな。なんかの薬ではものすごい副作用が出て死にそうになったので即時投与中止というのもありました。あと覿面に禿げたのがあったな、ヅラにちょっとお金をかけたのを覚えている。合唱団の行きがけに寄った京王デパートのヅラ売場にもお世話になりました。ヅラ売場のお姉さんが判ったひとで、「ということはもうじき髪も生えてきますから」ってんでよくしてくだすった。

2年かそこら前だったかな、その肺癌が脳に飛びやがって、まずはガンマナイフ(レーザー銃みたいなもん)で抑えて抗癌剤を続けているうちに再発した。この時点でいきなり医学が進歩して複数回のガンマナイフを適用する術式が開発されて、けっきょくガンマナイフはつごう3回やったのかな。でも3回目の後に「使える抗癌剤」が払底してしまって、しょうがないから様子をみているうちにこの脳腫瘍が髄膜に飛びやがって癌性髄膜炎になったのが直接の死因ということになる。素人の認識だが、そりゃまあ脳味噌と脊髄に癌細胞が飛び散ったら意識も運動機能(呼吸や拍動も含む)もワヤやろうし、そりゃ死にそうにもなるよ。

そんなこんなで、大病院から緩和ケア(有終のなんとかってやつ)に移動して、最終的には家族全員がいるところで「つーっ」って死んでいったわけさ。医師も医学も頑張ったし、本人も頑張って粘ったし、いいわるいがあるなら「いいほう」だったのではないかと考える次第。


今日の中野: DVD借りただけ。

レンタルDVDの中野TSUTAYAにDVDを返しに行くついでに、また2枚ほど借りてくる。今日は『ギャラクシー・クエスト』と『続・荒野の用心棒』で、両方とも再観ということになる。前者はお気楽な燃焼系SFコメディで、とりあえず愉しい。『続・荒野の用心棒』はDVDが出ているのを知らなかったので喜んでいる。たぶん20年ぶり(しかも前回はテレ東午後ロー)なので楽しみだ。

東中野GEOのほうがレンタルなら近所なのだが、SFとホラーが弱いのと、怪獣をいっさい置いていないのが不満でさいきん中野TSUTAYAにシフトしたら観るものが増えた。増えたので、「昔のものの日本語吹替」に限定しているがしばらくは面白がれそうな感じです。


今日の晩飯:

また中井駅前高級割烹料亭錦山で、豆腐エンプティにつき白滝山盛り湯豆腐(それは湯豆腐なのか?)とトマト、てきとうに肉など。隣席のおっさんに時鮭など奢っていただいて幇間なみにてきとーなことを喋り倒してきましたとさ。


今度こそ、明日から本気出す(←と正月から言ってる俺)。
2013年10月27日(日曜日): 無職上等!
自作セーターを自慢する母の図 ところでこのツーピース、母の手編みな
今日のバカでよかった:

母を喪って何日目だか数える気もしねえが、まあ数日やね。とくだんに同情していただきたいとかいうことではなくて、ひとにもよるだろうがこれはけっこうどすんと響くぞ、ということを今回知りました。俺なんかサイコパス並みに平気だろうと思っていた(ってかアパシー傾向は自覚もあるし、ADHD認定も素人筋ではされておる)のだが、葬儀を済ませたと思ったらいきなりずどーんでしたな。とくに葬儀に向けて気を張っていたようなこともないのだが、「人前=ステージ」だとか思っていたのだろうかしらん、バカだね。

アタマがヘタクソなのが幸いして、というかエビングハウスの謂を俟つまでもなく、ヒトとは忘却する動物である(ネコとかウサギとかがどうなのかは知らない)。知識にして然り、感情にして然り。

そのうち落ち着くでしょ。


今日の求職:

11月中にはできないです。 母の葬儀に参列くださった音楽関係の皆さんが当夜に飲みにいった席で、「ぜんたいりびけんってのは何者だ」という質問が出たところにざっくり「音楽自由人」と答えたかたがあったそうな。僕は基本的に座業なので仕事中の顔をみたことのあるひとはおらんし、外に出れば音楽関連で遊んでるか酔っぱらってるかあるいはその両方なので判らんこともないのだが、それ「無職」ってことだよね。

さて、ここ1年間かそこらもよいよいの母にかまけていたもので、実はまったく仕事をしておらん。そりゃまあ週に2回も突発的に病院の付添いなんかしていたら仕事にもならんし、請負仕事なのでそういう状況だと請けづらいし、頼むひともおらん。ところどころにはご迷惑もおかけしたについては、本当に申し訳ない。

というわけで、カネと仕事がないぞ、どうすんだ俺。
とりあえず殺人と営利誘拐以外のトッパライ仕事ならなんでもしますので、そこのあなたご連絡ください。


今日の晩飯:

例によって寝床で天井を眺めていたらまた背中が痛くなってきた。背中や腰が悪いわけではなくて、半日も転がっていれば誰でもそうなります。家族が風邪でもなんでも寝たきりになったら、まめに体位をいじってあげましょうね。これだいじ。

鮪納豆 さて背中も痛いしってんで夕刻からお散歩に出て、帰りがけに中井駅前高級割烹料亭錦山に寄ってみたら満席だったのだが大将が「40分待って、空けとくからね空けとくからね」と言ってくれたもので甘えることにしてさらに40分間ほどお散歩などする。

18:40に錦山に戻って、焼酎を舐めながら馬刺とトマトと湯豆腐など、けっこう食えた。書いたか書かなかったか忘れたので書いておくけれども、お通夜の後の合唱関係者3名さまご同伴でも、それなりに舌の肥えた皆さんに「美味い美味い」と大好評でしたよ。あれでじゃぶじゃぶ飲んで3,000円イーチとかだったな、いい店です(とか書くとまた僕の席がなくなるのだが構うまい)。

よく酔っぱらって帰宅してバタ寝。


寝るより楽は無かりけり、浮世の話はいまは措いとく。
2013年10月26日(土曜日): 星よりひそかに、雨よりやさしく。
今日の昼飯:

こんなかんじ。 あいかわらずたしょう活気を欠くのだが、まずは肉と銀舎利は食べておこうというわけで、今日は中井は新杢橋向こうのねぎラーメン「せりか」で「卵とキクラゲ定食」をいただく。豚肉と韮も入って、おともラーメンに御飯がついて800円でとっても美味しい(日によって辛さが違ったりもする)。

いつものお姉ちゃんに「髪、ばっさり切りましたねえ」と指摘される。「なにかありましたか?」って、失恋かよ。これは9月4日に母が余命1週間を告げられたときに葬式準備ってんで切ったものだが、まさか「葬式があるので切りました」とも言えないので「まあ、いろいろあって」って誤魔化しておきました。ますます失恋だな。

帰りがけ、母のお通夜に参列してくだすった大家さんにお会いしたもので、正式には後日といいつつご挨拶させていただいた。俺みたいな不良店子にたいそう気を遣ってくださる、ありがたいことです。


今日のDVD:

レンタルしておいたものを金曜日から何本か観る。
借りてきたのは月曜日なんだけどね、水曜日通夜の木曜日告別式で、それどころではなかったらしい。ご利用は計画的に。

『ダークシティ』(1998)
レトロフューチャーな感じの実は地球侵略SFアクションで、夜の大都市変型の重厚感が素晴らしい。CGとしてはほぼモーフィングだけなんだけど、やはりアイディア次第ですな。

『デッドゾーン』(1983)
言わずと知れた大傑作サイキックSFアクションなんだけど、当時のこととてCGなんぞはいっさい出てこない。造りとしては失恋ドラマの最後にライフルが出てくるだけなんだけど、SF感は満点。ついでに在庫にあった『ザ・フライ』も観てみました。

『アンデッド』(2004)
こちらは若い映画だけあって、セットは最小限であらゆるものをCGで再現してくれる。予算もなかったものと思うが、当初は「ありえないものを表現するため」だったCGが、多用したほうが安上がりという感じになったのはいつからなのだろうか。
筋立てのほうは、飼っていたゾンビが逃げ出して地球に降りちゃって宇宙人大慌てという、ウルトラマンの第1話と同じものでした。

『日本沈没』(1973)
というわけで、特技監督・中野昭慶先生のフル・オフライン特撮を堪能すべく、旧いほうの『日本沈没』など。丹波哲郎熱演も併せて、たいへん愉しい。ついでというとあれだけど、『サンダ対ガイラ』と『原子怪獣現わる』も観てみました。

『未知への飛行』(1964)
アメリカの爆撃機がついうっかりロシア(当時ソ連邦)に攻め込んで水爆落としちゃって大統領大慌て、という『博士の異常な愛情』と同じ話で、製作年も同じなんじゃないかな。大統領の最終的な決断がかなりとんでもないのだが、そこに緊張感をもたせるフォンダとルメットは凄いなと思う。どこかに『12人の怒れる男』のDVDがある筈だな。


今日の夜空:

けっきょく寝たり起きたり胃が痛かったりしつつごろごろしていて、夜半に煙草が切れたので近所のCVSまで買いに出る。台風一過の放射冷却のせいもあろうか、たしょう冷え込むが星空がやたらとクリアで美しい。

オリオン座の小三星を見たのはいつ以来であろうか、お元気そうでなにより。

戒名と御坊のこと。
一遍上人さまの弟子筋に付けていただいた亡母の戒名を「芳春院佳弌牧雲香峰大姉ほうしゅんいんけいいちぼくうんこうほうだいし」という。

お飾り ちょっとうかがったところでは、「芳春院」と「弌」は時宗の決まりごとで、「牧」は俗名の「牧子」から、「峰」はべつに宇都宮市峰町に住んでいたからというわけではないらしい。院号も付いているし「大姉」だから、ちょっといい名前にしたんだろうなあ。御布施についてはいちいち書かないが、戦前からの檀家でいろいろと手当をしているわりにはたくさん払っていたようではある。金額についてはまあね、この日のために日々修行を積まれておられるわけでもあり、僕が30分ピアノを弾いて5万円とか15秒ハーモニカを吹いて3万円とかいうのとはわけが違う、くらいのことは僕にでも判る。衣裳も豪華だったし、お通夜はトリオで告別式はデュオだったし、楽器も持参なされていた。


ところで、和尚さまたちは水曜日のお通夜の後に宇都宮市に帰られたのだろうかしらん。木曜日は10:00集合だったので、もしお帰りなのだったらそれはそれでたいへんだったんだろうなあ。

その和尚さまたちが現場到着後に式服(袈裟とかな)に着替えなさるので「袈裟のまま来ちゃうとマズいんですか?」と伺ってみたら、「袈裟で歩いていると"お金ありそうだ"というので、野盗に襲われたりするのでやめてくれ、という指示が出ています」との由、物騒なものだな。「僕たちも和服のほうが馴れていて楽なんですけどね」とも言っておられましたが、スポーツ刈りに背広を召されてボーリングバッグ(なんでや(笑))など持たれると「なんの選手やねん」という感じではありましたな。


あまり関係ない話をすると、お経ってモードでハモるよね、たいがいオクターブと5度で、アウフタクトに上昇グリッサンドがある感じか(今回、両日ともキーはin Eb)。たまにハーフディミニッシュも入るのは、ひょっとするとディミニッシュなのかもしれないのだがスケールにmaj7があったから、たぶんハーフディミニッシュ(m-5)だな。リズムは明らかに「4」で、ときどき木魚担当の御坊が裏を叩いていました。ハネたりはしないようでした。ちなみに時衆なら「踊り念仏」が有名だけど、とくにダンサブルなこともありませんでした。演ってくれたら母も喜んだのだろうけれども、まあいずれ。
写真にある木製の位牌は「仮のもの」なのだそうで、そういえば式場でご住職が書いておられた。正式なご位牌は黒檀漆塗のパーマネントなものを別途発注するらしい。父の管理している仏壇にはすでにご位牌が3本くらいも立っているもので「まとめちゃえば?」って言ってみた(これはこれで非礼にはあたらない)のだけれども、母のものは母のもので独立させておきたいようでした。位牌が増えちゃったら、仏壇のほうを大きくする意向のようです。
俺が死んだら、そうさの、葬式は要らねえよなあ。仮に葬式を出したとしても、式場の隣で花火大会やって祝ったり、地球叩いて大喜びするやつが大量発生するだけの話で、どのみち俺は死んでるしそんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ。いずれあと10年も保ったらじぶんでびっくりするし、20年はまずないと思うので父にはそんな話もしておいた。

病気はするが主たる原因は単に酒の飲み過ぎなので、死ぬとしたら内分泌系の癌であろうと予想はしている。とくに手術だの抗癌剤治療だのをする気はないし予算もないので、痛み止めの大量処方で誤魔化しているうちに死んじゃうんだと思うんだけど、その場合ってやはり「変死扱い」になるんだよな、自宅なら。その場合に司法行政のお世話になるであろうことだけが心苦しい。自分の生命についてはさして惜しいとも考えていないが、そこを引き換えにしてでも生き延びていてほしかったひとなら何人かはいる。

2013年10月21日(月曜日): おっと、日記飛んでた。
月曜日の日記を書き忘れているが、とくに忙しいこともなかったんだけどな。

水曜日の葬儀の連絡をあちこちに廻したのと、溜まっていたメールのお返事をところどころ、実務廻りだけ書く。ちょっと分量があるので、ぜんぶは書けないなあ。

ご近所と本屋さんと大家さんには葬儀ご案内を持参して、いちおうご挨拶は通しておいた。
あと、お葬式に着ていく黒いスーツと黒革靴その他を準備して、文具屋さんでお手伝いさんにお渡しするポチ袋も買った。


中野TSUTAYAで借りていたDVD『ダークシティ』と『デッドゾーン』の返却期限だったのでとことこ歩いて行ってみて、ついでに『日本沈没』(古いほう)と『未知への飛行』と『アンデッド』を借りてきました。

中井駅前高級割烹料亭錦山で晩飯をいただいていて、大将に「りびけん、飲み過ぎ」って言われたのだけれども、店に入るまでは素面だったし単に落ち込んでいただけなんだな、これが。まあしかたあるまい。

まずそんなところか。

2013年10月25日(金曜日): だめだこりゃ。
母ちゃん 06:00くらいに起床はしたのだが、この俺さまともあろうものがかなり凹んでいて、酒を飲む気にすらならない。あまロスに引き続きママロスですね、って誰が上手いことを言えと。さて、肉でも食ったら元気も出るかなと思って、11:30を待って中井駅前牛清でカルビ定食などいただく。美味いんだけどなあ、完食したんだけどなあ、どうにも顔つきからして不景気でかんわ。

というわけでやる気なしのカタマリになっているもので、あとは寝床でごろごろする。夕刻から3時間くらいは寝たのかな。ちきしょうめ、テレビ観る気もしねえよ。

26:00過ぎに、さすがに背中が痛くなってきた(単に寝過ぎ)もので、居間でうすらぼんやりとする。まあいいや、土曜日と日曜日はぐったりしているとしましょうか。


26:10にちょっと大きくて長い地震があったのたが、僕はトイレで座り込みながら「おや、風が強くなってきたなあ」とか呑気らしく思っていましたとさ。実際、住居の木造家屋が強風で揺れるのだからしかたがないし、屋内にいて地盤の揺れと区別する方法はないのだ。

さて、日常を取り戻すために酒でも飲むか。なんかくだらないDVD『アンデッド』も借りてあった筈だから眺めてみよう。

2013年10月24日(木曜日): 告別式。
イエイ! 本日はありがとうございました、長男の高秋でございます。
母は1年間近くも病院に出たり入ったりしておりましたが、最期は家族全員と伯母に見守られて逝きました。そんなに痛くも辛くもなさそうでしたし、昨日本日と大勢の皆さんに送られて、喜んでいることと思います。
今後も、折にふれ前田牧子のことを思い出していただければ幸甚です。
本日はありがとうございました。

収骨後会食の終わり際にいきなり長男挨拶が降ってきて、喋るだけなら楽なものだが迂闊なことも言えないので笑いがとれなかったのは少し痛い。馬鹿言ってないで、と。そんなこんなで、母の葬儀は終了して、さっき実家のほうで骨壺その他をディスプレイして線香あげて、帰宅してDVD『日本沈没』を眺めながら焼酎舐めてるところなわけね。

今朝はなんでか06:00くらいに目が覚めてしまって、しばらくうだうだしてから実家に向かって、挽肉キャベツ炒めで朝食を済ませてから父と歩いて斎場に向かいました。実務関係は葬儀屋さんと弟夫婦とミッチーに丸投げしたので(すみませんね)、僕はやっぱり頭を下げるだけの簡単なお仕事でした。

お飾り 焼いて骨だけになるとやっぱり軽いね。焼き場の係のひとに「骨の丈夫なかただったようで、立派に残っています」って褒められていました。正月8日にベッドから落ちないで腰骨をイワさないでいたら、また違ったんだろうなと思わないこともないのだけれども、詮ないことか。今日は酒飲んで寝てしまおう。


翌日追記:
けっきょく夜半から歌舞伎町Golden Eggのチッコさんセッションに行って楽しくピアノを弾き倒してきましたとさ。楽釜製麺で饂飩もいただきました。

2013年10月23日(水曜日): お通夜。
おそうしき 母のお通夜でした。

とくにすることもなく、なんとなく朝から実家にいってうすらぼんやりとする。実務は弟夫婦がイベント屋さんだもので丸投げして、受付廻りだけ頼まれていたのでポチ袋を文具屋さんで買ってきたくらいが今日の仕事だ。それで6時間くらいうすらぼんやりとしてから、父を伴って実家から徒歩15分ほどの落合斎場に向かう。

あとは座っているだけの簡単なお仕事なので、さらにうすらぼんやりとする。合唱団関係の濃ゆいほう、バンド関連の濃ゆいほうにご来場いただけたことに少し驚くが、そういえば母とライブを観にいったり合唱団で共演したりもしたっけな。高校の同期がいくたりかと、なんでか大家さんもいらしてくれた。あと本屋さんの嫁のマスエさんとかな、ありがとうございます。

受付廻りは丸紅本社合唱団に丸投げしていて、合唱団がほぼ丸ごと来てくださって、終演というのか? 終わり際に『空のように』を歌ってくださった。20:00くらいの終演というのか? 間際に合唱指揮のカサギくんとTanto Gutsの平山くんとさいとーさんがいらしたもので、4人で中井駅前高級割烹料亭錦山で一杯やってきてよく酔っぱらって本日終了。

明日は10:00くらいにまた斎場で、告別式とやきやきだ。

2013年10月22日(火曜日): 母を訪ねて三千秒。
セーター 早起きしたもので、08:30から 冷蔵庫 霊安室の母をちょっと見舞って、頬などぺたぺたしてきました。起きろってよ(笑)、よく冷えてましたわ。あとはDVD『日本沈没(旧いほう)』を眺めつつ胡麻煎餅で焼酎を舐めていたら寝てしまって、起きたら夜だよ。

明日はお通夜だ初七日だ。


写真は、ミッチーに送ってもらった母自作あみあみセーターのもの(3着とも、らしい)。
たいがい判ると思うが、中央が母な。
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