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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


今日は高速ツアーバス事故をPC要筆に引き寄せてみる。
聴覚障害者と健聴者が講演会なりで情報を共有するためのパソコン要約筆記、というのの「パソコンを叩く係」というのをやっていたことがある。要するに、聞こえた音声をその場でパソコンで叩いてプロジェクタで大拡大画面に表示するという無茶なお仕事ね。最後の現場は3年かそこら前で、泉谷しげるに勝ったからまあ有終の美は飾った感じか。いやまあ俺はもう10年も前に全日本難聴者・中途失聴者団体連合会と全国要約筆記問題研究会にくっだらねえことで逆ギレされてかわいそーな悪鬼羅がヒドい目に遭ってって知らねえけどな。

ニュースで眺めた高速ツアーバスの運転手さんの境遇の話は、みんなだいたい知ってるよな。その前提で話を進める。

現場のPC要筆者の集中力は、1人作業なら保って30分、2時間の現場なら15分交代の2人体制(連携がとれるなら15分交代の4人体制)で、それでも翌日は脳がスカスカになるレベルで疲弊する作業なのね。そんなことないぞひとりでいくらでも叩けるぞというバカがたまにいるけど、それって集中してないだけのヘタクソだし出力を読めば誰にでもそんなことは判る。

僕は10年前にリタイアしているのでいまの状況はよく知らないのだが、とりあえず現場に持ち込む機材の費用負担、たとえばノートパソコンが自前だとかは当然だしギャラもあるのかないのか判然としないし、という状況が全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の依頼においても常態ではあったな。たしかヨーロッパとかアメリカとかの難聴者会議にも随行した記憶があるが、面白がって費用は自弁したぞ、いま考えればバカな話だな。いやそんなことはいい。

さて、業務環境を正当に評価されていない(なにも金銭面のことだけを言い立てているわけではない)、労働環境が苛酷である、苛酷であることを使用者乃至依頼者(この場合は全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)が理解していない、正当な抗議をするとパージされる、業界団体(この場合は全国要約筆記問題研究会のトップ)にも苛められる(ってかあいつらが聴覚障害者情報保障の障りの張本人だろ)、ってあたりでどうしようもありませんね。

引退しちゃったから俺はもう関係ないんだけど、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会が全員バカ(反論があるならうかがいます)で全国要約筆記問題研究会が全員バカ(反論があるならうかがいます)なので、俺が失聴したら(加齢と失聴はセットだし、望まずとも加齢はする)全日本聾唖連盟に行くよ。もう福祉関係者に期待するところはひとつもない(正直、にさん(たとえばカワムラさんとかオノさんとか)を除けば人間の屑ばかりだ)が、まあしょうがないね。いやカワムラさんとかオノさんとて、この業界にいるかぎりは信用ならないのだけれども。だって悪鬼羅以外に信用できるやついたことないんだもん。


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2012年5月7日(月曜日): タルセバ開始。
今日も大病院:

07:00起床、お風呂後に実家に寄って、父と示し合わせて大病院へ向かう。今日は09:00から母の抗癌剤のタルセバ開始とかで、たしか以前にドキタクセルだったかの点滴開始直後にものすごい副作用が出たことがあって、いちおう様子を見にいってやるか、という企画ではある。でも大病院の第一病棟にいくのに牛込柳町駅と若松河田駅のどっちが近いかという話になって、僕は牛込柳町から、父は若松河田から病室に向かう。もちろん僕が勝ったが、呑気なもんだ。

それで弟も病室に現れて、でも投薬は昼食後2時間つまり14:30あたりらしいと初めて聞いて一同がっかりってか、それくらい調べとけよ俺たちってかりびけん家全滅も近いな、あははははは。父はとっとと神保町に遊びにいってしまって、母はさいわいってのか単純レントゲンだの呼吸器検査だのCT記念写真だのがあるもので、車椅子に乗っけてあっちこっちに行ってみるわけ。いい暇つぶしですかな。

ついでに車椅子初心者の弟にいろいろと扱いを教えてみる。エレベータの奥になんで鏡が設置してあるのかとか、これは弟が僕の弟なのでバカなのではなくてふつうに知られていないものと思うのだが、知られてないなあ。こないだ落合公園でたぶん第五中学校の車椅子実地講習をやってたけど段差は作っていなかったし、どうせならウィリー訓練までやれば愉しいし役にも立つのだがやってないし、そんなもんなんだろうなあ。

それで14:35くらいにタルセバ投与があったわけなのだが、看護婦さんに「服用したとたんに、見る間に肌がボロボロになったり髪が抜けたり呼吸が停まったりしますか?」って訊いてみたら「そんなことはありません」というので、つまんないからそのへんで帰宅。あとは父と弟が見ている筈だからまあ大丈夫でしょ。
2012年5月6日(日曜日): 。。
今日の大病院:

07:00起床、でもすることがないので10:00くらいまでお蒲団のなかでごろごろする。
そのうち実家の父から架電があって、なんか入院中の母に届け物をしろという。しょうがないから実家経由で大江戸線に乗り込んだら、隣に座っていた爺さんに話しかけられて、けっきょく牛込柳町まで話し込んでしまいましたとさ。爺さんは太平洋戦争中は特攻隊に所属していて、いよいよ吶喊というときになって戦争が終わっちゃったんだって。それを聞かされても、まさか「よかったですねえ」とも言えまいし、ひさびさに返事に詰まっちゃいましたな。ちなみに二人称は「センパイ」できまり。とっても便利。

大病院には洗濯物を持ち込んだくらいで、あとはコンビニでちょいとお買い物をして、ついでに買い込んだ深川飯弁当というのを病室で遣わせてもらう。それから弟嫁の持ち込んでくれたフルーツのたぐいをちょっとかっぱいで、ついでに母をシャワーに放り込んで、と。明日からタルセバ投薬が始まるので、洗えるときに洗っておかないとね。

そのシャワー中に窓の外をうすらぼんやりと眺めていたら、いきなりの驟雨、って驟雨はいきなりに決まってるんだけど、ちょっとびっくりするくらいの勢いで降りやがりましたな。あとで聞いた話では世田谷のほうでは大粒の雹が降ったり、栃木だ茨城だでは竜巻がちょっとすごいことになっていたりしたようです。それですぐやんだと思ったら、帰宅がけの夏目坂でまた降り始めやがって、途中のお寺に判りやすく降り込められてしまいましたとさ。

お寺で思い出したのだが、牛込柳町に瑞光寺というのがあって、朝方に通りかかるとこのお寺に若いお姉ちゃんたちが次々と吸い込まれていく。お寺なのに。あまり巫女さんっぽくもないひとびとなので、なにかそういう施設でもあるのか、あるいは抜け道ででもあるのだろうか。

今日のお漬物:

夕刻から、漬物学者に呼び出されて漬物本出版の企画書など作らされる。企画趣旨、執筆者リストと目次といったところ。全200ページほどだがフルカラーらしいし専門書だからとんでもない値段になるんだろうなあ、なんてことはもちろん訊かない。でも話の端にちょいと聞いた原稿料は、なにそれってくらいなもんで、それでも斯界の大物がこぞって執筆してくれて、若手だと泣いて喜ぶくらいの勢いで書いてくれちゃうらしい。今日はギャラはいいから、出版されたら1冊くれと言っておきました。


今日の晩御飯:

アイスバインが食べても食べても終わらない。
明日は実家に持ってったろうか。

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