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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2012年5月15日と16日(火曜日と水曜日): 脱走!
善國寺にて 今日の退院: (まがい)。

火曜日のお昼、入院中の母に届けるお洗濯物などを実家で回収するついでに頼まれていたメールチェックなどしてみたら、「退院おめでとうございます」というメッセージが3通ほど入っている。さっそく病院に電話して「あんた退院したらしかとよ」と言ってみたら、「そうするてえと、ここにいる私は誰?」って、粗忽長屋か。

綜合的に判断してガセのニュースソースも特定できたし(なにを勘違いなさったのだろう)、お祝いメールをくだされた先には「まだ収監中ですよメール」を出しておく。まあ大したこっちゃないし。それから病院に行ってみて、なんとなくお茶などして帰宅。狛江の伯母がくるという話があったので小田急○×のスイーツなど期待していたのだが、滞留中は現れずがっかり。

帰宅して晩飯後、そういえば大久保水族館のEastern Soul Sessionが7周年で朝までやるっていってたなあと思って顔を出してみる。ほんとは27時くらいで帰る心算だったのだが、ついうっかり29時まで弾きっぱなし。バカだなあ。
今日の脱走:

水曜日は、母の京都(だったっけ)時代の同級生風味が見舞いにくるというので、母は大病院を脱走して神楽坂のお寿司屋さんで宴会を企画。昼から座敷でダベれて美味い店というリクエストがあって、そんなものは僕は知らない(神楽坂でも居酒屋ならエキスパートなのだが、惜しかった)のでお店の選定と母搬送は弟に任せて、僕は初対面の昔のお嬢さん3人を東京駅の新幹線ホームまでお迎えに行く。「丸いサングラスに長髪パーマでへらへらしてます」ってお伝えしておいたら、降車ホームで一発でみつけてもらえました。

えらく心配そうに「お母さまはいかがですか?」とか訊かれたのだが、そんなもん瀕死の人間が病院を脱走して寿司屋とか行きますかいなってんで笑って済ませる。それで飯田橋のお店の予約が12:00、東京駅の電車到着が11:10、移動はタクシー予定ってんでちょいと大丸新館などをご案内してみたりして、飯田橋の座敷に入った時点で11:59:55なり。あいかわらず見事だな、俺。

弟が見つけてついでに嫁と下見にいってくれた(ただのデートじゃん、それ)八千代鮨さんはいいお店で、古いお嬢さんたちは握りと鯛の兜煮、僕はあと生ビール2杯ほど。店の女給さんが昔のお嬢さんたちの女学校の後輩だという仰天事実が判明して盛り上がっておりましたな。それから近所のsalon dé the Un Gâteauって読めねえけどアンガトーでいいや、に昔のお嬢さんたちを放り込んで、僕は1時間ほど神楽坂界隈をお散歩にでました。それでsalon dé the Un Gâteau後にちょいと毘沙門さまにお参りして「神さまと仏さまとお稲荷さんと揃ってんねんなあ」という感想に「あとマホメットさんでロイヤルストレートフラッシュだなあ、って誰か忘れてねえかな」などと思いつつ記念写真など撮る。

今日もいい日でした。
ちなみに、東京駅から飯田橋までのタクシー代を1,700円をもってみたら、あとで奥様がたに2,000円渡されてお釣りを固辞されちゃった。それと早めに鮨屋に入ってメシ食ったらしい弟に託された「ちらし鮨代」が1,000円で、これは帰りのタクシー代に充当してみたら20円浮いたの。そんなこんなで今日はつごう320円の儲け。べつにセコくはない、こまかいだけです。
2012年5月12日から14日(週末アンドモア): 小人閑居して不善もなにもせず。
今日の悲報: ラーメンが不味かっただけだけどさ。

土曜日の夜は高田馬場diglightのsazukuさんセッションにちょっと顔を出してみて、ユキちゃんとかゴボーさんとかもいらして愉しかったんだけど、なんでヤンモさんは弾かなかったのだろうか。措いといて。今日は鍵盤は僕ひとりだったもので、リフ係とかで遊んでおりましたとさ。

お店がひけてから、早稲田通りの店名は出さないけどこっちがわのラーメン屋さんに入ってみたら、出てきたラーメンが史上最低から3番目でした。1番目は新井薬師の頑固一徹でぬるいスープにのびた麺、2番目は早稲田通りと山手通りの交差点から東にいったところの南側のなんとかいう店で、俺なんかそんなにグルメでもないしたしょうマズいくらいなら我慢して食うけど、「食えないラーメン」なら生涯3回目だな。ちょっとびっくり。

ひとくちふたくち食ってから「これはダメだ」と思って店を出て、早稲田通りをわたった向かい側のお店でやっぱりラーメンをいただいたらこっちは普通に美味かったのね。なんだよ、ラーメン1杯で1,400円も遣ってしまいましたのことでした。

今日の悲報ツー: ドナルド・ダック・ダンが死んでしまった。



ここ数日、『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』だの『バニシング・ポイント』だのの燃費のよろしくないクライスラー・ダッジが爆走してぶっ壊れる映画を立て続けに眺めていて、Twitterに『ブルース・ブラザース』の話を書きまくっているところにドナルド・ダック・ダンの訃報が届く。僕ん家から南東に7 kmほどいったところの赤坂プリンスかなんかで亡くなったのだそうで、スティーブ・クロッパーと一緒に来日中だったのだそうな。

Blues Brothersは高校時代に授業を抜け出した文芸座以来何度も観ていて、サウンド・トラックと『ブルースは絆』は暗記するほど聴き込んだものだ。Green OnionsだってThe Blues Brothers Bandで憶えたってんだから筋金入りですな(なんか違うかな)。とうぜんドナルド・ダック・ダンも異様に聴き込んでいるわけで、そうでなくてもこの人の音を聴いたことない地球人って、ラジカセの存在する地域ならばそうはいないよなあ。
ブルース・ブラザースについては、小ネタだのダッジの話だのジョー・ウォルシュの話だのをいろいろ仕入れたので、そのうちまとめて書きます。

今日のThe Zircons:

The Zircons 5月19日の土曜日に14:00-西口GUCCI前池袋ジャズ・フェスティバルに出演するジルコンズなのだが、リーダーのサンチャゴ・タムラから届いたセットリストがバラードだらけだったものだから「もうちょっと景気よくてバカっぽいほうがいいなあ」と言ってみたら、さっそく差替版が届きました。サンチャゴの考える「景気よくてバカっぽい」レパートリーが判明して興味深い。

あと、20分ステージなのに10曲くらいも用意してありますな。さすがに収まるわけがないと思うぞ。

今日の伊勢丹:

月曜日、あいかわらずカネがなくて、伊勢丹の商品券だけまだちょっとある。じつは新宿往復の電車賃ですらヤバいぞ、あははははは。

というわけで新宿伊勢丹までとことこ歩いていって、今日は天一で天麩羅定食の竹と生ビール。あと地下食の酒屋さんで焼酎と生ハムとサラミなど仕入れる。しまった、生ハムを買ったのにオリーブオイルを仕入れてくるのを忘れたな、たぶん台所に1本くらいならまだあるだろう。

そんなわけでとことこ帰宅して、生ハムで晩酌。生ハムけっこうしょっからいが、高血圧なんざ知ったことかいしゃらくせえ、足るを知ることがだいじ。

今日の大病院:

救命病棟 大病院の見舞いついでに担当医の内部メモというのを見せてもらったら、「製薬会社勤務の長男がいて詳しい説明が必要」って書いてあって、もとより俺は製薬会社になんか勤めていたことはない。プチナースとかエキスパートナースの原稿整理とか南洋堂のテープ起こしとかならしたことあるけどな(10年前のことなので、関与の話だけならもう公開してもいいことになっちょる)、どうやら悪鬼羅さんから仕入れた話と俺とがハイブリッドされてキメラ化しているようなのだが、とくに訂正するまでのこともあるまいて。

それでその製薬会社勤務の長男の意見としては「イレッサ忌避」なのだそうだが、肺癌手術時の検体の存在を忘れていてイレッサの適合検査ができなかったのは大病院のほうだぞ。それで数年後のムンテラのときにイレッサを薦められたので「まえの手術のときに生検用のサンプルをとってある筈です」って言い張ってはみて、そいつが出てきてけっきょく不適合だったのだが、俺は検査してくれとは言ったがイレッサ忌避とまでは言っていない。まさかに悪鬼羅が水面下で手を廻したということもあるまいし(あったら面白いな)、意外といいかげんなのかな、東京女子医科大学病院。
今日の明日と明後日:

明日はお風呂の後に病院。
明後日はお風呂の後に病院で母親の脱走を手伝って神楽坂のお鮨。
めんどくさいから鮨屋で泥酔してもいいですかダメですかそうですか。

2012年5月10日と11日(木曜日と金曜日): 御忘れ物御用。
今日のあさ:

アイスバインのポトフ 木曜日は05:00起床、じじいか。
朝、筍御飯に庭の山椒、あと山ほどあるアイスバインのポトフ続行。

10:00くらいまで、ネットにあった『昭和11年の日記出て來たから一日づつ載っける』が面白すぎるのでつい読んでしまう。なんかダメなひとがダメなりに努力しようとしている(けどあんまりできてない)のが100年1日っちゅうかマノン・レスコーみたいっちゅうか。

今日のDirty Mary, Crazy Larry:

DVD『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』 レンタルのDVD『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』(1974)をものすごく久しぶりに観る。前回はテレビで、たぶん東京12チャンネル『2時のロードショー』あたりで中学生時分に観たのではないかな、中身はよく憶えているほうだと思う。やはり『Night of the Living Dead』と『Star Wars (Ep. 4)』に挟まれた時期の映画は愉しい。ついでに、『バニシング・ポイント』(1971)とか『ブルース・ブラザース』(1980)とかで「燃費のスカタンなダッジがパトカーを振り切って爆走して最後にぶっ壊れる」映画が大好きな身体になっているのかもしれません。ちなみにアメリカならパトカーもダッジなので、カーチェイス映画ならダッジ虐待映画と呼んでもあまり問題はありません。

劈頭、強盗に襲われ、じゃないな、脅迫されるかわいそうなスーパーマーケットの店長がロディ・マクドウォール(Roddy McDowallってこの表記でいいのかな)だったのであれ? と思って調べてみたら、なんでかノン・クレジットで出演してるのね。監督のジョン・ハフが『ヘルハウス』も撮ってるからその関係なんだろうけれど、ノンクレジットはなんでだろう、永遠に終わらないかと思えた猿の惑星シリーズ(1968-1973)も卒業しているし、刑事コロンボで犯人も演ったし。ユニバーサル専属だから五社協定の関係で20世紀フォックス映画には出られないのかな? って、猿の惑星がフォックス映画やんけ。なんだろう。iMDbにちょっと期待してみたんだけど、なにも判らないのでした。

本作ならカーチェイス映画へのオマージュとしてロバート・ミッチャムの『サンダーロード』への言及があるのだが、字幕だと「ロバート・ミッチャムの映画」で処理されている。タイトルくらい入れたりぃなと思うのではあるが。
関係ないけど、iMCDb (Internet Movie Cars Database) というトチ狂ったサイトを発見、少し喜んでいる。こんな記述がありましたな。

>> The draw bridge scene in BB is an homage to the draw bridge scene in Dirty Mary Crazy Larry. If you look at the editing and framing it is almost shot for shot.

(↓てきとうな和訳)

>> ブルース・ブラザースの跳ね橋のシーンはダーティ・メリー クレイジー・ラリーへのオマージュになっている。観りゃ判るが、ひとこまひとこまみな同じ。

ふうん。そういえば追跡組のエースも「チューンナップした回転灯のないダッジ(モナコじゃないと思うけど)」でしたな。ラリーとディークの立ち位置もジェイクとエルウッドに酷似しているし、崇高な目的のために金を稼ぎたいというのも一緒やね。
ところで、さっきまで『Dirty Mary, Crazy Larry』の「ラリー」をパリダカールラリーみたいなものだと思い込んでいたのは内緒。

今日のセッション:

夕刻からまた錦山を訪れて、今日はトマ玉もゲット。状況も落ち着いてきたようで、慶賀。

腹ができたので、気をよくして歌舞伎町Golden Eggのジャムセッションの邪魔をしに行く。じゃなくて、お邪魔してみる。なんだ同じか。鍵盤さんが僕とホストさんだけだったので、ホストさんの休憩中のリフ係ばっかり演っていたような感じでした。

今日の金曜日:

アレッポの石鹸 ぐっすりーにゃさんによると、08:38起床。8時間22分も眠っていたらしい(正確には就眠前にしばらく山本周五郎とか読んでいたのでもう少し短いのだが)。いや、不眠で困っているようなことはないのだが。
朝、コーヒーとバナナチップ。

さて僕の家はとっても風通しがよろしくて、ってその前に。なんで突風が吹くと2階の寝所が震度3くらいに揺れるのだろう。風通しがよろしいことと矛盾するではないか、スルーしとけよ突風とか竜巻とか。それで風通しがよろしいので、冬場のお風呂は徒歩5分圏の実家で借りている。寒いし。

そろそろ気候もよくなってきたもので、自宅でお風呂しようと思ったらマイお風呂グッズがぜんぶ実家に移動しているのね。さて実家風呂かなとも思ったのだが、今日は生協でアレッポの石鹸を買ってきました。500円。これひとつあれば髪も顔も身体も洗えるので、まあそんなもんだ。

今日もセッション:

 どうもSoftbank 101Zが見当たらないと思ったら歌舞伎町Golden Eggのao店長に「忘れ物ですよ」って教えてもらいました。そうか、昨日使い方を勉強しようと思って持ち歩いて、そのままキンタマに忘れてきたね。じゃあ回収にいこうと思ったら、今日はヨシノのブルースセッションって罰ゲームかっ! すると気配を察したaoちゃんが「ゴボーさんもみえてますよ」とよく判ったことを言う。ゴボーさんのドラムなら久しぶりだし、ホストはたしょう気に入らないのだが行ってみっか。これも久しぶりのブッチャーにも会えたし、これならそこそこ拾い物でしたな。

帰宅がけ、さいきんいつも廻っていないいつもの回転寿司で4皿ほどいただく。ビールじゃなくてお茶。
2012年5月9日(水曜日): がんばらない、いつもどおり。
今日の朝御飯:

アイスバインのポトフ そんなこんなでアイスバインのポトフを、ダシは粉砕骨鬼煮込みでいいことにして作ってみました。灰汁がさほど出なかったのは意外だったが、アイスバインになる時点で抜けてたんかな。投入野菜は馬鈴薯、玉葱、人参、ナツメグ、庭の山椒といったところ。クローブは台所にいなかったので、まあいいや。

ダシが不安だったのだが、食べてみたらかなり薄めの俺塩量でも美味かったので、これで正解なんじゃないかな。誤算だったのは、これはつまり「豚足の煮込み」なので脂の量が半端ない、ということに食後に鼻の奥のへんが重いので気がつきました。いったん冷めたら表面の脂を掬うね、これは。

付け合わせは皮をむいたトマトと、あと食パン。歯が弱いので避けている所謂フランスパンなのだが、これなら浸して齧ってもいけるんじゃないかしらん。

今日も大病院:

アディダスの靴 入院中の母から架電で、なんか潰れている靴は具合がよろしくないのでなんとかならんかとのこと。そういうときはここだなと思って高田馬場のStep in Stepに寄ってみたら、踵を潰しても履けるアディダスのスニーカーを薦めていただけました。さすがだな、というかここ何年もここでしか靴は買っていないわけで、さすが俺。

それで高田馬場から病院まで歩くかなと思ったのだが、たぶん小滝橋あたりから九段下へ行くバスが大病院を通るというので乗ってみた。ありゃ、南下して諏訪通りから明治通りで学習院女子、職安通りから抜弁天を曲がって大病院って、ちょいと意外なルートでしたな。

病院には14:00くらいまでのんびりして、あとてきとうに帰宅。
帰宅がけの下落合界隈、植え込みでカラスさんがコネズミさんを捕獲するところを目撃! カラスさんがコネズミさんの尻尾の端を加えてそのへんの屋根の上まで飛んで、そこからコネズミさんを投げてから空中でふたたびコネズミさんの尻尾の先をキャッチ、お隣の屋根の上でまた嬲って遊んでおりましたな。コネズミさんはずうっとキーキー啼いておられました。

今日の錦山: 付: 夜遊び不発。

新装錦山の雪隠だか手水だか総後架だか さて3週間にわたってお店を休んでとんてんかんとんてんかんと改装工事をしていた中井駅前高級割烹料亭錦山がやっと営業を再開する5月9日を、僕はカレンダーに丸印をつけてまで待機していたのね。それで17:30ににこにこしながらお店にいって、カウンターの隅に陣取る前にトイレを見物しにいくわけ。用は足さない、見るだけ。ふむ、アナログ和式に弥生のシスタンクみたいだったものが、洋式ウオッシュレットになっておる、こんなの錦山じゃねえっ(笑)。

お店のほうはレイアウトがたしょう変わったこともあってばたばたしているようで、注文したトマ玉はさいごまで出てきませんでした。お母さんが「あら、りびさんの」って気づいてはいたのだが、まあ今日のところはいいや。この店で注文した品が忘れ去られたのはこの20年間で2回目なので、そんなことではメクジリは立てない。

そのあと某所セッションに顔を出してみたのだが、19:00開場20:00開始のところ、19:30になっても4人からいるホストがひとりも現れない。店のお兄ちゃんと、俺は構わねえけどセッション初心者がチキン魂でやってくることもあるだろうし、こういうのはよくないねえみたいな話をして、なんか気が失せたので帰宅しました。

晩御飯、天下一品で塩ラーメンに味玉。
2012年5月8日(火曜日): タルセバ継続。
今日も大病院:

07:00起床、例のごとく実家に寄ってお洗濯物だの着替えだのを持って、大病院には09:30くらいに到着。到着しちゃうともうすることがないので、のんびりと読書などする。

雑談のついでにタルセバ2日目の副作用の様子を聞いてみたのだが、とくに髪の毛が抜けるでもなく、皮膚がカサつくでもなく発疹も発熱もなく、爪のキワがカピカピになるでもなく、黒いウンコが出るでもなく、吐き気はないし食欲もあるのだそうで、なんだつまらん。

しょうがないので昼飯が終わるくらいまでさらにのんびりして、食器を洗ってから帰る。15:00過ぎには所用を終えた父がやってくる筈だ。

今日の早稲田―高田馬場オデッセイ:

Recent books read 今日もとことこと夏目坂を下りて、今日は天気もいいので早稲田から高田馬場まで歩くことにする。このあたりを歩くのもちょっと久しぶりで、学生時代によくいっていたジャズ喫茶だのロック喫茶だのは軒並みなくなって、古本屋さんもずいぶんと減ったなあ。増えているのはスンドゥブ屋さんってことかな。なんだそれ。そんなわけで、古本屋さんと古着屋さんをチェックしながら西へと進む。ボーリングシャツとアロハをたくさん置いている古着屋さんを見つけたので、油田を掘り当てたら買いにこよう。それと、えぞ菊隣の文省堂書店の絶版文庫コレクションがたいへんなことになっているので、ダイヤモンド鉱山でも掘り当てたら買いにこよう。

明治通りの手前で、向こうから歩いてくる三月会合唱団のキムラ先輩とばったり。これから早稲田の奉仕園で練習なのだそうで、そういえば月末にドイツ演奏旅行があって僕も誘われていたのだったが、ちょっとここんとこそれどころじゃなかったもんなあ。いいなあ、ドイツ。なんかもう10年くらい行ってないような気がする。

そんなこんなで14:00くらいに腹を空かせて高田馬場に到着、今日は新目白通り沿いの北京でフカヒレラーメンと杏仁豆腐など。美味しい。舌をちょっと火傷して、お腹いっぱいになったので眠くなった。

今日の睡眠:

僕はもう十何年がとこアル中をやっていて、稀に酒を抜くとその当日から面白いように離脱症状(ex. 不眠、発汗、瘧りなど)が出るのね。酒が切れると手が震えるというのもあるけど、酒を切らしても台所まで味醂を飲みにいったりはしないので、まあ半端なことだな。たしか久里浜式なら20点を超えていたものと思うが。ついでに消化器系もやられていて、「腹は減っているけどものは食いたくない」という状況もよく出来する。飲まない昼間に考えているのは「今日は何時から何処で何を飲もうかな」ってなことばっかりで、たまさか酒代がないとけっこう不安になったりもする。俺個人を指すならば、人間の屑ですな(補足しておくと一般にアルコール依存は「病理」なので、僕以外のひとに僕はそんなことは言わないし、みなさんも言わないでいただきたい)。

ということは、就寝する時分には僕は泥酔しているわけね。ここまでよろしいか。

睡眠グラフ さて、iPhoneのアプリケーションで「ぐっすりーニャ」というのがあって、就眠時点でボタンを押して起床時点でボタンを押すのがめんどくさいのだけれども、お蒲団につくねておくとモーションセンサーが「こいつよく寝てるな」とか「なんか眠り浅くね?」とか判断して記録してくれるの。つまり「メンタマ動き睡眠」と「メンタマ静止睡眠」を寝相から判断しているらしい。ちいさなことだが、このアプリケーションを使い始めてから私は自分の寝相に注意するようになって、シーツがいつも左側にずれているってことは僕は寝ているあいだに右回転しているのだな、などと思って笑うのでした。

ここまでよろしいか。
それでまあ睡眠の記録がなんとなく始まっているわけ。

僕はじぶんがよく寝るたちだと思ってもいたし、たぶん毎晩7時間から10時間くらいは眠っているものと思っていたのですよ。そも寝入る時分にはもう記憶ねえしよ、アル中だからな。

さて、睡眠時間の記録である。

04月23日 03時間24分
04月24日 03時間51分
04月25日 04時間40分
04月26日 02時間31分
04月28日 03時間32分
04月30日 04時間16分
05月01日 03時間21分
05月02日 06時間11分
05月03日 01時間37分
05月04日 04時間54分
05月05日 07時間19分
05月06日 01時間57分
05月07日 06時間54分

俺寝てなくね?

今日の明日:

中井駅前高級割烹料亭錦山が、なんか見てたらほんとに3週間くらい改装工事をしていたのだが、明日新装開店だなあ。明日は混雑しそうだからちょいと覗いてみるくらいにして、週のうちには顔を出そうかな、という感じです。

あとは大病院にちょいと。
今日は高速ツアーバス事故をPC要筆に引き寄せてみる。
聴覚障害者と健聴者が講演会なりで情報を共有するためのパソコン要約筆記、というのの「パソコンを叩く係」というのをやっていたことがある。要するに、聞こえた音声をその場でパソコンで叩いてプロジェクタで大拡大画面に表示するという無茶なお仕事ね。最後の現場は3年かそこら前で、泉谷しげるに勝ったからまあ有終の美は飾った感じか。いやまあ俺はもう10年も前に全日本難聴者・中途失聴者団体連合会と全国要約筆記問題研究会にくっだらねえことで逆ギレされてかわいそーな悪鬼羅がヒドい目に遭ってって知らねえけどな。

ニュースで眺めた高速ツアーバスの運転手さんの境遇の話は、みんなだいたい知ってるよな。その前提で話を進める。

現場のPC要筆者の集中力は、1人作業なら保って30分、2時間の現場なら15分交代の2人体制(連携がとれるなら15分交代の4人体制)で、それでも翌日は脳がスカスカになるレベルで疲弊する作業なのね。そんなことないぞひとりでいくらでも叩けるぞというバカがたまにいるけど、それって集中してないだけのヘタクソだし出力を読めば誰にでもそんなことは判る。

僕は10年前にリタイアしているのでいまの状況はよく知らないのだが、とりあえず現場に持ち込む機材の費用負担、たとえばノートパソコンが自前だとかは当然だしギャラもあるのかないのか判然としないし、という状況が全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の依頼においても常態ではあったな。たしかヨーロッパとかアメリカとかの難聴者会議にも随行した記憶があるが、面白がって費用は自弁したぞ、いま考えればバカな話だな。いやそんなことはいい。

さて、業務環境を正当に評価されていない(なにも金銭面のことだけを言い立てているわけではない)、労働環境が苛酷である、苛酷であることを使用者乃至依頼者(この場合は全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)が理解していない、正当な抗議をするとパージされる、業界団体(この場合は全国要約筆記問題研究会のトップ)にも苛められる(ってかあいつらが聴覚障害者情報保障の障りの張本人だろ)、ってあたりでどうしようもありませんね。

引退しちゃったから俺はもう関係ないんだけど、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会が全員バカ(反論があるならうかがいます)で全国要約筆記問題研究会が全員バカ(反論があるならうかがいます)なので、俺が失聴したら(加齢と失聴はセットだし、望まずとも加齢はする)全日本聾唖連盟に行くよ。もう福祉関係者に期待するところはひとつもない(正直、にさん(たとえばカワムラさんとかオノさんとか)を除けば人間の屑ばかりだ)が、まあしょうがないね。いやカワムラさんとかオノさんとて、この業界にいるかぎりは信用ならないのだけれども。だって悪鬼羅以外に信用できるやついたことないんだもん。
2012年5月7日(月曜日): タルセバ開始。
今日も大病院:

07:00起床、お風呂後に実家に寄って、父と示し合わせて大病院へ向かう。今日は09:00から母の抗癌剤のタルセバ開始とかで、たしか以前にドキタクセルだったかの点滴開始直後にものすごい副作用が出たことがあって、いちおう様子を見にいってやるか、という企画ではある。でも大病院の第一病棟にいくのに牛込柳町駅と若松河田駅のどっちが近いかという話になって、僕は牛込柳町から、父は若松河田から病室に向かう。もちろん僕が勝ったが、呑気なもんだ。

それで弟も病室に現れて、でも投薬は昼食後2時間つまり14:30あたりらしいと初めて聞いて一同がっかりってか、それくらい調べとけよ俺たちってかりびけん家全滅も近いな、あははははは。父はとっとと神保町に遊びにいってしまって、母はさいわいってのか単純レントゲンだの呼吸器検査だのCT記念写真だのがあるもので、車椅子に乗っけてあっちこっちに行ってみるわけ。いい暇つぶしですかな。

ついでに車椅子初心者の弟にいろいろと扱いを教えてみる。エレベータの奥になんで鏡が設置してあるのかとか、これは弟が僕の弟なのでバカなのではなくてふつうに知られていないものと思うのだが、知られてないなあ。こないだ落合公園でたぶん第五中学校の車椅子実地講習をやってたけど段差は作っていなかったし、どうせならウィリー訓練までやれば愉しいし役にも立つのだがやってないし、そんなもんなんだろうなあ。

それで14:35くらいにタルセバ投与があったわけなのだが、看護婦さんに「服用したとたんに、見る間に肌がボロボロになったり髪が抜けたり呼吸が停まったりしますか?」って訊いてみたら「そんなことはありません」というので、つまんないからそのへんで帰宅。あとは父と弟が見ている筈だからまあ大丈夫でしょ。
2012年5月6日(日曜日): 。。
今日の大病院:

07:00起床、でもすることがないので10:00くらいまでお蒲団のなかでごろごろする。
そのうち実家の父から架電があって、なんか入院中の母に届け物をしろという。しょうがないから実家経由で大江戸線に乗り込んだら、隣に座っていた爺さんに話しかけられて、けっきょく牛込柳町まで話し込んでしまいましたとさ。爺さんは太平洋戦争中は特攻隊に所属していて、いよいよ吶喊というときになって戦争が終わっちゃったんだって。それを聞かされても、まさか「よかったですねえ」とも言えまいし、ひさびさに返事に詰まっちゃいましたな。ちなみに二人称は「センパイ」できまり。とっても便利。

大病院には洗濯物を持ち込んだくらいで、あとはコンビニでちょいとお買い物をして、ついでに買い込んだ深川飯弁当というのを病室で遣わせてもらう。それから弟嫁の持ち込んでくれたフルーツのたぐいをちょっとかっぱいで、ついでに母をシャワーに放り込んで、と。明日からタルセバ投薬が始まるので、洗えるときに洗っておかないとね。

そのシャワー中に窓の外をうすらぼんやりと眺めていたら、いきなりの驟雨、って驟雨はいきなりに決まってるんだけど、ちょっとびっくりするくらいの勢いで降りやがりましたな。あとで聞いた話では世田谷のほうでは大粒の雹が降ったり、栃木だ茨城だでは竜巻がちょっとすごいことになっていたりしたようです。それですぐやんだと思ったら、帰宅がけの夏目坂でまた降り始めやがって、途中のお寺に判りやすく降り込められてしまいましたとさ。

お寺で思い出したのだが、牛込柳町に瑞光寺というのがあって、朝方に通りかかるとこのお寺に若いお姉ちゃんたちが次々と吸い込まれていく。お寺なのに。あまり巫女さんっぽくもないひとびとなので、なにかそういう施設でもあるのか、あるいは抜け道ででもあるのだろうか。

今日のお漬物:

夕刻から、漬物学者に呼び出されて漬物本出版の企画書など作らされる。企画趣旨、執筆者リストと目次といったところ。全200ページほどだがフルカラーらしいし専門書だからとんでもない値段になるんだろうなあ、なんてことはもちろん訊かない。でも話の端にちょいと聞いた原稿料は、なにそれってくらいなもんで、それでも斯界の大物がこぞって執筆してくれて、若手だと泣いて喜ぶくらいの勢いで書いてくれちゃうらしい。今日はギャラはいいから、出版されたら1冊くれと言っておきました。


今日の晩御飯:

アイスバインが食べても食べても終わらない。
明日は実家に持ってったろうか。

2012年5月4日と5日(金曜日と土曜日): 5日なら俺の日。
今日のお買い物:

サヌークってか靴ってかスリッパ さて大病院でのんびりしている母が、足許が覚束ないのにスリッパ履いてるのはさすがにおかしいと思い始めたらしい。だから10年前から言うとるつうねんがな。それで僕の履いていたクロックスの穴穴のやつに目をつけてよこせというのだが、さすがにサイズが3 cmがとこは違うやろし(馬鹿の大足って死語かな)、それはそれで危ないような気もするの。

今日はちょいと野暮用で忙しいので病院には行けないとして、明日もよく判んないのでとりあえず通販を漁ってみたらクロックスって品薄なのね。じゃあそのうち買っていくとして、今日は通販で明日届くサヌークを注文してみました。届け先は大病院の入院フロアでどんな届き方をするのかぜんぜん判らないんだけど、知ったこっちゃねえや、あはははは。
ついでにその母の昨日のムンテラではタルセバだのカンプトだのの投薬が説明されたらしいのだが、え? 脳腫瘍をガンマナイフで切ったら周縁部が腫れたのでグリセリン投与で脳の腫れを取る入院中なのに、なんで抗癌剤が出てくるのかがまったく判らない。やっぱ遊びに行くんじゃなくてムンテラに付き合っとくんだったかなあとも思いつつ、こんど先生を穏便に問い詰めてみようか。いや、両親の話を聞いても埒があかないもので、しょうがないよ。

今日のセッション:

夕暮れに晩御飯を食べに出たついでに、歌舞伎町Golden Eggのシーナさんセッションに行ってみる。今日は達者な鍵盤さんが3人ほどもいらしたので、僕はおとなしい感じでウクレレなど弾いて遊んでおりましたとさ。


今日の伊勢丹:

肉の塊 脂肪の塊 僕の日は、また伊勢丹に行って、商品券を利用して天一で天麩羅定食と生ビールなどいただく人間の屑。

それから地下食料品売場を流して、なんとなくアイスバインなど買ってみる。売場のお兄さんに目方をうかがってみたら、「肉が800 gくらいで、骨がありますから足して1 kgくらいでしょう。あの骨の周りが美味しいんですよね」って、兄さん最高だぜ!
2012年5月3日(木曜日): ひとり『殺しのベストセラー』始動。
今日の伊勢丹:

てきとうに起床して、さて伊勢丹の商品券があるから新宿伊勢丹でメシだってんで、てきとうにツレを誘ってみる。地下食の黒メバルの前(化粧品売場とか判らんから必然的にこうなる)の前で待ち合わせてからレストランのフロアに移動して、まさか分とく山でもなかろうというのでいろいろ物色して、けっきょく宮川本廛で鰻と生ビールなど。たいへん美味しいのだが、俺が2,500円のランチなのにツレは5,000円の鰻重を注文しやがった。いやべつにいいんだけど。

解散後にちょっと伊勢丹「杖売場」を覗いて、紀伊国屋で煙草と、DVD『セブン』が新品なのに千円だったのを購入して帰宅。

今日のラリー・コーエン:

DVD『殺しのベストセラー』 DVD『ボディ・スナッチャーズ』 DVD『バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー』 DVD『殺しのベストセラー』(1987)を観る。ジェームズ・ウッズがパブで讃歌を歌う場面があるのだが、ひとつには『バカルー・バンザイ』と同一人物とは思えないくらいにチェット・ベイカーしていたのだが、これがかなりいい。『オールド・ボーイ』の仮名・堂島のルーツはここにあるのではないか、なんて思いました。話のほうは、今回はプロットが凝ってるだけなのかしら。妙な伏線があまり見られずラリー・コーエンっぽくなかったのかもしれませんが、コーエン本人の監督作ならよくあることではありますな。

それはそれとして、これも好きで買ってあったDVD『ボディ・スナッチャーズ』の、脚本ではなくてストーリーがラリー・コーエンであることをいまさら発見。しかも脚本にしたのはステュワート・ゴードンですと! いや、知りませんでした。教訓としては、スタッフのクレジットもちゃんと見ろ、と。

どうでもいいけど、ラリー・コーエンってば「ストーリー」をやってる作品と「脚本」をやってる作品とがあって、じぶんで監督するならぜんぶ自分脚本らしいので、どうやら他人が監督する場合には脚本を書かせてもらえない、乃至は書かないケースがけっこうあるらしいのね。なんだろう、ストーリー・テリングは天才なのにダイアログはスカタンとかいう事情でもあるのだろうかしら。
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