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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2011年8月21日(日曜日)から23日(火曜日)の17:00まで: りびけんの夏休み。

今回のあらすじ:

日曜日、盛岡でのT. M. Revolutionのコンサートに拉致られて、岩手くんだりまで行って日帰りってのもクヤシいので盛岡泊。
月曜日、なんとなく宮古市までいってみる。また盛岡泊。
火曜日、岩手からようよう戻って、四谷三丁目に17:00集合でライブ。

Stand Up! Japan 日曜日の朝:

朝からのんびりとごそごそして、12:00になんでか新井薬師の教会前でパツコと待ち合わせ。時間があるのでちょいと実家に寄ってみたら父が「泊まりはどうするんだ」というので「カプセルでいいんじゃね?」と言ってみたら「よせ、虫がでるぞ」っていつの時代のドヤを想定しているのだか。でもまあ盛岡はそうなのかな(まさかね)ってんで、ネットでお手軽に東日本ホテルというのを予約してみる。お値段はカプセルの倍だが、倍でも当日予約もあって破格だし、名の知れた一流どころではあるので話のタネにもなろうし、風呂トイレ共同が個室バストイレ付きならば出世とも言えるらん。

パツコは朝から日曜礼拝があってホッパーくんがベースを弾いたりしていたそうなので、クレオファス牧師の話を持ち出してみたら、パツコ知らなかった。そうか、世の中には『ブルース・ブラザース』を観ていないひともいるのだな、と妙なところで感心する。いやいて当然だし(永くビデオも封印されていたわけだし)、でもホッパーくんは間違いなく知っている筈だとも思うのだがどうなのだろうか。

高田馬場駅で東西線に乗り換えて、パツコとしては大手町駅で降りるつもりだったようだが、新幹線なら日本橋駅のほうが近いぞってのをお薦めして、はやてで一路盛岡に向かう。たまの旅行なのでとうぜん駅弁購入。


日曜日の新幹線の車窓から:

今日は西側の窓際に陣取って、宇都宮を過ぎたあたりから愉しくなってくる緑豊かな風景など眺める。文庫本も2冊ほど持参していたのだが、窓外のほうがおもしろいさぁ。やはり郡山あたりから気になるのは被災状況で、瓦葺の屋根にブルーシートをかけて砂嚢を乗せているお宅がまだちらほらと見える。トタン葺だの瓦屋根ふうツーバイフォーだのだとあまり被害の痕跡がみえないのは、壊れなかったのか修理が追いつきやすかったのか、僕には判らない。レディメイドの工場生産住宅なら2週間くらいで建っちゃうのもあるらしいから、意外と新築とか混じっていたのかもな。

ところで、晴れ男たる西川貴教さんのライブにいくわけなのだが、雨予報のなか例によって花巻を過ぎたあたりからいきなり晴れてやんの。ったく、物理法則とか気象学とかぜんぜん無視しやがってってんでパツコと笑っていたのでした。


日曜日の西川さん:

T. M. Revolution西川貴教さんの、震災で延期されているツアーの本来の最終開催地が盛岡市民文化ホールであった。それが311以来の騒動でいろいろと前後して8月21日の盛岡は最終日ではなくなってしまった、ついては手配してあげた公演チケットのキャンセルがちょこちょこあって、席が空いている。ついてはあんたの取ったチケットなんだから(たしかに僕のファンクラブチケットというものが存在して流通していることは否めない)あんたも来なさいという話になりましてな。まあヒマだし西川さんとの付き合いも長いし、といったような話でさ。

会場で2階最前列に陣取ってみたら、隣席のお嬢さんに挨拶される。なるほど、僕の名前の入ったチケットをお持ちである。前回は国技館公演にいらしたそうなので、正面と東西の音響の違いとかマニアックな話をしていたら「そういえばTwitterで西川さんが誰かにリプライしてましたね」って、それ俺やちゅうねん、みたいな話も。公演は定刻くらいに始まって、さすがにキャパ1,500くらいのコンサートホールだと音もいいね。

さて、僕のお隣にもう2席ほど空きがある。これも僕のとった席なのだろうなと思うと心が痛むが俺のせいじゃねえけど、すぐうしろの席の親子連れ風味の子供のほうが、階段通路に座らされているのを発見。どうやら未就学児だか3歳未満だかで無料入場だもので席がないらしい。それでお母さん風味に事情を話して、「係のひとになんか言われたら僕が説明しますから」と言ってお隣にご案内する。この幼児が元気でな、ちょっと目を離すと2階最前列の手すりを乗り越えて1階に飛び込もうとしやがるもんだから気が抜けない。母親風味は踊り狂っているものだから、まあ片目の端には入れておくくらいのことはして、と。まあ落ちたら落ちたでしょうがねえや俺のせいじゃねえよ。むしろ落ちたら面白いよ。けっきょく落ちなかったからまあいいや。


日曜日の夜:

ツレ3人が終電で東京に帰るのを見送ってから、東日本ホテルに電話して「いま松屋の前です」とか伝えて道案内などしていただいて、21:00くらいに無事にチェックイン。地図くらい持っていかんかい俺。いや、ほぼ手ぶらですからね。

キヨシローとチャボ 部屋に荷物を放り込んで、フロントに戻って「地元のものをちまちま食わせるいい飲み屋さん」を尋ねて、近所の南部どぶろくというお店を教えていただく(「混雑しているようだったらやめたほうがいいですよ」と言い添えていただいたのは内緒)。行ってみる。空いてる。地場ものをなにか、といいかげんな注文をして店主とダベりつつどぶろくなど啜っているところに「仙台からきました、盛岡随一の酒場だそうで」とか言いながらアベックさんが入ってきたもんで思わず「うそぉ」とか言ってしまって、そこからちょっと話になってしまって、なんだかんだで仙台の定禅寺ジャズフェスティバルではボンヌプラスに来ていただけるようです。よし。そんなこんなで、地元のどぶろくと清酒と古酒、つまみはホヤとか馬レバ刺とかどんこ汁とか。壁にキヨシローの色紙とかもあったし、ぜんたいいいお店でしたよ。


月曜日の宮古:

なんでか05:00くらいに目が覚めてしまって、じゃあ駅にでも行って観光情報でも集めるかと思ってとことこと歩いていたら、駅前に05:45発の宮古行きバスが待機しておられる。いずれ海岸べりには行こうと思っていたので、つい乗っちゃった。1995年には阪神大震災の現場に行ってるんだよね、俺。イラクや、今ならリビアでもいいや、ミサイル落っことされたとこにいた民間人がどうなってるか誰も知らないよね。今回だって津波の押し寄せるスペクタクル映像(これはさすがに失敬だとは思うが)とか眺めていても、東京にいっぱなしでは実感はない。リアルではない。なんでもそうだろ、脳で考えて脳で判った気になってもなにも判ってはいない。楽理を知悉して音楽の判らない(つまり演奏のつまらない)やつはたくさんいる、それと同じこと。

バスは市内を出ると緑の山中と悠揚たる川の大パノラマで、移動2時間と考えるとうんざりもしようが、2時間2,000円のスーパーライドだと思えばとっても愉しい。学生時分には自転車で東京から新潟まで山を越えて海に落ちたり、いろは坂を下ってる途中で海に落ちたりしていたりしたものだったが、こういうの好きだったんだなあ、と思いました。

災害洪水位標 それで08:00くらいには宮古に着いちゃって、お店とかあんまりやってないのでてきとうに見当をつけて徒歩で海っぺりに向かう。ええ、観光ですよ。盛岡市内では「宮古のへんはまだ被害は少ない」と聞いてはいたのだが、とんでもねえな。津波はきていないらしき駅前商店街にも「解体OK」とか赤ペンキで書かれた家なり商店なりがそこここにあるし、港に近づくにつれてそれが増えていく。所謂「土蔵」というのは要するに紙と土でできているので水に弱い(溶けかけている物件を視認)というのも発見でした。そうかと思うと一面の荒野のなかににょきっとお寿司屋さんが生えていて営業する気まんまんだったりなんかして(まだ10:00とかなのでやってはいない)、けっきょく3時間ほどもうろうろしていたのかな。

それで「災害洪水位標」という碑がすっ転んだまま放置されているのを見かけた(写真)のだけれど、ひょっとして「こんなトンチキなものは要らん」ってんで放置されっぱなしなのだろうか、などとふと思う。

宮古臨港日立浜町の住宅跡にあったアルバム 宮古臨港日立浜町の住宅跡、スネアドラム付き ところで、世界でいちばんヒマなひとの「岩手県宮古市日立浜町臨港の住宅跡にフォトアルバムが落ちていた話」はこっちね。ひらたく、津波被害に遭った住宅街で瓦礫撤去後のコンクリ基礎を眺めていたらフォトアルバムだのスネアドラムが置いてあったって話で、おそらくは瓦礫撤去作業のひとが捨てるに捨てられずに、だからっつって回収してしかるべきところに届ける手間もとれず手段もなくて放置していったものなのだろうとは思う(根拠のない推理ではあるが、そんなところでしょう)。これ、似た状況が各地にありそうなものとも思うのだが、どうなのだろうか。

さて昼飯だってんで、こういうときはカバテツさんだってんでメールして「宮古駅前におる、昼飯はどこか」ってのは僻地すぎてさすがに無理だろうなと思っていたら、瞬殺で「駅前の蛇の目」というお返事がきた(この話題に悪鬼羅を引っ張りだすのもどうかとは思うが、僕関係のアウトソーシング先は僕以外は滅多矢鱈と優秀だなあ)もので駅前の蛇の目というお寿司屋さんで、少しでも地元にお金を落とそうと思ってふだんなら並にぎりのところを上にぎりにして、と。銀座なら10,000円クラスが2,100円でした、という感じかな、謎の魚のにぎりだと思ったら鮑だったし。

あとは駅前商店街を流して、やたらと安くてやたらと美味そうなスーパーの生魚とかを買って帰れない(40 cmクラスのどんこが300円だよお立会い)のに地団太を踏みながら、帰りは電車にしようと思っていたのに電車が日に4本くらいしかないのでしょうがないからまたバスライドで盛岡へ。


そんで盛岡に戻る:

帰りのバスが市内に入ってしばらくしたところで「盛岡東警察署」という立派な建物があったもので、駅界隈との距離は判んないけどどってことなかんべってんでバスを降りて、遺失物係(なんでか正式には会計課らしい)に寄ってこれこれだからよろしくね、と言い置いてから宿に戻ろうとして道に迷う。まあいいや。道に迷いつつ、着替えのパンツと靴下は入手。なんせ手ぶらだから。

夜は、これもカバテツに無茶振りして教えてもらった沢内甚句さん(じつは日曜日に教えて貰い済みだったのだが日曜定休でした)に行ってみたら、お店のお姐さんのキャラクタがアルカフェのダンさんと同じだなと思って笑っていたらカウンタの隣に座ったお兄さんの顔が彦六店主のあのひとと同じ! もちろんスキンヘッド! というわけで、そのお兄さんといろいろ話してお宿に戻ってと。 ってなことで書くの忘れてるけど、カバテツありがとね。お土産ありません。


火曜日の盛岡から東京:

火曜日も早朝から06:00くらいに起きちまって、こんどこそ駅までお散歩して、宿に戻っていいかげん馴れ馴れしくなった(僕が、ですよ)フロントのかたに宿の朝食をご案内していただくわけ。

なんだかんだで盛岡城くらいには登ってみて、駅に戻って、けっきょく県立図書館でゼンリンの住宅地図をチェックしてフォトアルバムのあった場所を特定して盛岡東警察署にメールしてみたりして(盛岡東警察署には住宅地図かやる気かのどちらかがなかったわけさ)、あとは13:49の新幹線ぎりぎりまで駅ビル地下の立ち飲みにいましたとさ。けっこお洒落なのに立ち飲みがあるのが偉いと思いました。


さあて、16:30くらいに東京駅について、夜はジルコンズのライブだ。


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