徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2011年8月30日(火曜日): My Life by Hunch.
今日の政局:

ありきたりなことを、それでも書きます。

DVD『未知への飛行』 DVDだと思うけど『世界の燃えつきる日』 昨日のお昼にはニュースを観ようと思ってNHKを点けたら、ちょうど民主党の両院議員総会で野田が演説しているところでした。司馬遼太郎がどうしたの、朝顔の生態がどうしたの、ってあんたの自分史を聞いてる場合かよ。国家百年の大計を語れよ、未曾有に危機に際して成すべきことを語れよと思う前に、ひょっとしてこいつらってば火事と放射線の区別がついてないなと思ったものでチャンネル廻しちゃいました。どうしようもねぇよ、日本の店長。


リンクにある映画ソフトは、「アメリカがついうっかりソ連を核攻撃しちゃったもんだから、アメリカ大統領がソ連に電話して"仕返しで核攻撃しちゃってもいいよ"っていうアメリカ映画」と、「アメリカ軍兵士がなんでか核ミサイルのボタンを押しちゃったけど、自分だけは生き延びましたバンザイというアメリカ映画」です(『渚にて』と『ゴジラ』は省きました)。

アメリカ人が放射能被災に際して「自分だけは大丈夫だ」と考えていることがよく判ります。
日本人は、日本人のトップは、どうでしょう。
やはり火事と放射線障害の違いが判っていないとしか思えないんですよ。


06:00、起床。朝食は茗荷のお吸い物、ごはん、松前漬、コーヒーを5ガロン。

お洗濯とお風呂後にお腹が空いたのに食材がないので、10:30から地下鉄東西線落合駅上セブン村(セブンイレブンとデニーズと弁天庵がごちゃっとある)のデニーズでモーニング。580円で炭水化物と肉と野菜がそこそこ食べられてコーヒー飲み放題なのだから、たまにはいいでしょう。

そんなわけで、13:30出仕予定の音羽屋に向かうも昼前には後楽園に着いちまって、しょうがないから丸善とVillage VanguardとABC Martと新星堂と成城石井を冷やかして、でもお昼過ぎに音羽屋到着。昼休みからこき使われるも16:00には解放ってな感じでした。


今日の郵便:

洞口依子『子宮会議』小学館文庫 ひょっとすると生まれて初めて、あるいは割り引いて考えても間違いなく今世紀に入ってなら初めて、プライベートで書籍小包改め冊子小包改めゆうメールというものを発送してみました。お仕事でなら音羽屋からよく出しているのだが、あれは封筒に窓もあけていないし、なんか別物だろうと判じていた自分が間抜けでなかなかによろしい。

洞口依子『子宮会議』文庫版は封書にすると144 gで、ふだん読んでいる文庫本とふだん焼いて食べている肉の重さがだいたい同じであることが判る。定形外扱いにすると200円のところがゆうメールなら180円だから、20円儲かった。ちなみに、100 g以下なら定形外扱いにしたほうが安いんだな。ツルゲーネフ『初恋』とか送るときのために憶えておこう。

郵便つながりで、先日の岩手のお土産屋さんでA4サイズの南部鉄の角盆を眺めながら、「これをエクスパックで送ったら、郵便屋さんはどんな顔するだろう」などと思ったのは内緒。

関係ないけど、僕が似合わぬデスクワークに精を出していたときに音羽屋にきた郵便屋さん(いつものお兄ちゃんではないおじさん)が、僕を不思議そうな目でしげしげと眺めていたらしい。まあ小石川界隈の編集プロダクションで、爆発パーマにアロハに短パンにクロックスで物理公式の検算をしている編集者も俺だけだろうから、ちょっとくらい目立ってもしょうがないか。


今日の鯛助:

太刀魚 小石川の魚屋鯛助は大好きなのだが、ここんとこ個人的に当社比おおいそがしだったものであまり行けていなかったの。今日は音羽屋帰りに寄ってみて、舌平目の立派なのが2枚で500円を購入。帰宅して小麦粉振りかけて焼いてみる。ほかの調理法を知らない(鍋にしてみたことはある。こんど塩焼きにはしてみよう)。

あと、70 cmがとこはあろうかという太刀魚のまるがやはり500円で、捌く自信がなかったもので(頼めばなんとかしてくれるのだろうけれど、なんかクヤシい)、こっちはパス。惜しい品ではあった。



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2011年8月29日(月曜日): そのひぐらし。
僕ん家の風呂釜には火力調節レバーがついていて、バーナーの数を3つから1つまで調節できます。ようするに、サーモスタットでまかないきれないぶんを火力調整でなんとかしようというわけで、いまどきこんな設備のついている風呂釜もなかろうものだが、前世紀末に引っ越してきたときにはもう旧かった風呂釜なのでそんなこともあるさ。

今朝は、1バーナーにしていた火力を2バーナーに上げました。どうやら水道水の温度が少し下がってきたようで、そろそろ秋になるのやもしれません。


今日のお買い物:(1)缶コーヒー。

100円と120円、同じしろもの ジョージアのブラックコーヒーはさいきんのマイブームなのだが、今朝は中井三の坂下に自動販売機で不思議な光景に出くわしました。同じ品なのに100円と120円が並んでいるわけで、さてどちらを購入したものか暫し悩んでみたりして。両方買って飲み較べてみるという選択肢もあったわけだけど、まさかね。音羽屋の社長の意見では「賞味期限かなにかの問題ではないのか」とのことだったが、自販機の缶飲料ってそこまで徹底して管理しておるのだろうか。

ちなみに飲料の自動販売機は基本的に100円のやつしか相手にしないことにしています。だってさ、もともと100円だったものを、消費税が3%になったら10%値上げしたんだぜ、あいつら。そのあと消費税が5%になったら、ほんらいならば105円がせいぜいのところを20%も値上げしやがった(110円から消費税ぶんの2ポイント値上げでも112円がせいぜいの筈だ)。そんなもんに付き合うほうがどうかしているし、いつも歩いているルートならば百円自販機の場所はたいがい把握しているのでした。セコいのではない、これは社会正義だ。大きく出たぞ。


今日のお買い物:(2)シャンプーとヘアパック。

これで48,972円なのだそうな。 さいきんヨイヨイ(のふり)に磨きのかかってきた母が、中井駅前のD'sというパーマ屋さんでシャンプーを買ってきてくれというので寄ってみたら、シャンプーとヘアパックのそれもそんなにでかくもないやつで3,760円もふんだくられてちょいと驚く。

それでどんなにふっさふさのつやんつやんになるのか知らないがとこれも音羽屋の社長に言ってみたら、どうやら1万円クラスなら珍しくもないらしい。僕は500円の石鹸シャンプーで満足しているし(なんならオリーブ石鹸でも構わないくらいだ)、こないだネットの「ハゲ始める年齢テスト」ってのを受けたら「あなたのハゲは75歳から」って言われちゃって、そのころにはもう死んでいるのでなんの心配もないのでした。いまの悩みというと、白髪が2本に金髪が1本生えていることくらいかしら。

ふと思い出したが、フィラデルフィアにDavid Baldingerという陽気なおっさんの知り合いがいて、このひとはガチで禿げている。息子のDavid Baldinger Jr.はまだ禿げてはいないのだが、洒落でアタマを剃りあげて、裾野のほうだけちょっと残してハゲのふりをしている。もう10年も会っていないが、そろそろ遊びに行ってみようかしらん。

ちなみに、この黄色い服のひと。


今日のグリークラブ:

ゲーム会社だかなんだかのGREEってのは綴りがちがうけど早稲田大学GLEE CLUBが宣伝に出ておったな、なんて話は措いといて。ワセダのナカジマ先生と「なんで聖心女声は女声のくせにグリークラブなんだ」なんて話をこないだしたのでちょっと調べてみたら、グリー本来の意味ならば男声無伴奏のハモりなんですね。なんだ、たいがい失格じゃねえかよ、まあいいんだけど。

ちなみにアカペラという語には「無伴奏」という意味は、これも本来はないのでジルコンズをアカペラ即ち教会音楽と言ってしまうのも間違いなのだが、それはまあいいでしょう。運動会の劈頭で独唱される国家がなんでか「斉唱」と言われてしまうこともしばしばではあるし、そも正統派ドゥーワップたるジルコンズのライブに行ってみると看板に「ゴスペル」とか書かれていることは多い。もうどうでもいい。

そんなこととはまったく関係なく、今日はスティーブン・キングを読んでいたら、1970年代後半からのロックの閉塞状況の突破口になったのがブルース・スプリングスティーンの『Born in the USA』だったみたいな話があって、それからラップやヒップホップが隆盛を、みたいなことになっていた。あいかわらずロックが判ってねえな、スティーブン・キングと思っちゃったもので書いておきます。この時期のスプリングスティーンなら『Born to Run』か『The River』だろうし、安定期の『Born in the USA』を持ち出すならばシンディ・ローパーやマドンナが出てこないのはおかしいと思う。それでラップ全盛になってからこそ、ロックは死んだんじゃないのか(Run D.M.C. + Aerosmithを除く)。いやまあいいんですけどね、僕はその頃ならポリスやアリス・クーパーやキング・クリムゾンばっかりですから。

ちなみにこれ(↓)。


今日のご飯:

朝、バナナ。
昼、ご飯と松前漬と、茗荷の汁。
晩、鶏と小松菜の煮物、バナナ。

2011年8月28日(日曜日): 藪医者土手医者すずめ医者。
今日のイシャはどこだ:

Stand Up! Japan 04:00起床というと早起きのようだが、単に暇な週末に寝たり起きたりしているだけなのであった。

昨日うつらうつらしているうちに不在郵便物の通知があったもので、なんだろうなと思いつつ、じゃあ暑くならないうちに中野郵便局まで行ってこようと思って家を出たところで、近所の85歳のお婆ちゃんと会ったもので立ち話などする。なんでもさいきん耳鳴りが出たそうで、右耳の奥のほうでこつこつこつという音がする。最初にいった医者は診もしないでいきなり投薬しやがって、耳鳴り倍増。2軒目のお医者では症状はそのままで、「耳鳴りは治りません」と豪語しやがったそうな。しょうがねえなあ、日本の医療。

そんなわけで、「詳しい知り合いがいるからきいてみます」ってんで、もちろん悪鬼羅さんにメールしてみるわけ。いつもすまんね。

郵便物のほうは、なんのこたないTURBOの会報でした。まあいいやってんで、中野のなか卯でうどん手繰って帰宅。


今日の落合ピースフェスティバル:

平和憲法を守り、核兵器をなくそう盆踊り というわけで、帰ってきたら落合公園で共産党の宴(クサしてません)が始まっておりました。ステージがあって、出店がでていて、ふつうに夏祭り。毎年毎年「なんで俺に出演オファーがないのかな」なんて思ってはいるのだが、屋台を流して歩くのは楽しい。

ステージのほうで「あのカホンうまいな」と思って眺めたバンドがあったのだが、そのカホンがどうやら知り合いだったらしい。世の中せまい。八百屋さんが店を開いていたのでモロヘイヤを買って、ヤキソバは300円と500円があって300円のほうを購入。あと400円の芋焼酎も購入、そのへんにへたりこんでステージ眺めながら呑むただのオヤジな俺。


今日の被災地のフォトアルバム

宮古臨港日立浜町の住宅跡にあったアルバム 情報をくださるかたがあって、鍬ケ崎下町説浮上。
もうなんにもできないけどね、俺。

でもさ、家族でも遺族でも、これマジで捨てたくないよね。俺はそう思うのでなんかしてるわけ。余計なお世話だけどさ。


今日の晩御飯:

そんなことで、生協の鶏肉(ほんとはつるかめの鶏肉が美味しい。中井鳥一ならもっと美味いが高くて手が出ない)と糸蒟蒻とピースフェスで買ってきたモロヘイヤの煮物と、電子レンジで作るインチキ湯豆腐。炭水化物はこれから考えるわけ。

2011年8月26日と27日(金曜日と土曜日): 超残念上等!
ここんとこの落ち穂拾い:

浜守人(Tシャツの背面) 聞いた話では「宮古市はまだ被害が浅い」とかだったのだが、現地見てくると冗談じゃねえよな、浅いも深いもない。あんたたとえば自宅を新幹線が通り抜けてったらどう思うよ、やはり現地を見ておかないと、俺の想像力ではぜんぜん追いつかない。

そういえば9月の定禅寺ジャズフェスティバルにも出演が決まっているのだが、9月11日(これはこれですごい日付けだなあ)はヒマなので塩竃あたりにでも往復してみようかしら。帰りは17:10に仙台駅東の代ゼミ前なので、時間をとろうと思えばとれるけど。

今回の岩手行は手ぶらでした。腰に巾着ぶらさげて、着替えのTシャツとパンツと靴下は現地で買う感じ。現地のロック少年にそんな話をしたら「最っ高にクールですね」とか言われたのだが、単にずぼらなだけ。パンツと靴下は現地の無印良品で買ったが、Tシャツは宮古の土産物屋さんで復興支援っぽいものを買いました。

キヨシローとチャボ 盛岡市内の居酒屋南部どぶろくのおじさんは、かつてカウンターに座ったお客さんをつかまえて「兄さん、たこ八郎に似てるね」って言ったそうな。言われたのは忌野清志郎で、ロック史に残る失敬でもあろうが、そう言っちゃうとたこ八郎に失礼ではあろうか。キヨシローの返事は「そうですか、似てますかねえ」だったそうです。

宮古臨港日立浜町の住宅跡にあったアルバム金曜日に宮古警察署から電話があって、アルバムはみつからなかったそうです。やはり違法を承知で回収してくるべきであったのだろうか。ふと気がついて、宮古市災害ボランティアセンターにメールしてはおいた。ご迷惑でもあろうが、しょうがない。

アルバムで思い出したのだが、被災地ボランティアに行った(どこに行ったのかはしらない)ホッパーくんは、グッズを全部流されちゃった福山雅治ファンのお姉さんだかおばはんだかの慙愧忸怩たるお話を熱心に聞いてあげて、たいそう感謝されたとか。一般人だと「あ、そう」で済まされちゃうような話ではあるのだろうが、気持ちの判るやつには判るってことですね、GJ!

The Zircons ライブでは、ふだん「一万円以下の服は着ない!」と豪語しているサンチャゴタムラが680円の麻混を着ていたのが新鮮でしたな。ライブのほうは、おもへらくはロック調のレパートリーが少なめで、ことさら対バンがロックではあったし、検討の余地はあったのではないか。まあたまにゃいいんだろうけど。

それで、横ヤンがちょっと痩せたぶんサンチャゴが太ったんじゃないかと亜紀ちゃんが言っていたのは内緒。


今日のTDL:

TDLつうてもTo Do Listですけどね。

  1. EPとLPとLPの束をヤフオクで叩き売る。
  2. 映画秘宝の束もヤフオクで叩き売る。
  3. サイズの合わない靴もヤフオクで叩き売る。
  4. 冬に向けてMA-1をフクナガプレスさんに出すこと。
  5. パスポートを受け取ってくること。
  6. 粗大ゴミを(家が広いのをいいことに放置してあるのを)そろそろなんとかしたい。
  7. よーく寝かせてある例の金儲けをそろそろ始動すること。
  8. PCのBIOSをあれしてこれするのを半年間放置してあるのを思い出すこと。
  9. 修理しなければならないハモニカが数本あるのを思い出すこと。
  10. 消臭力の譜面を作るのを忘れているのを思い出すこと。
  11. クォーツなのによくすすむ(すごいテクノロジーだ)中国製の200円の腕時計とそろそろ決別したい。
  12. 間違いなくいろいろ取りこぼすので、たまにTDLのことを思い出すこと。
  13. 風呂掃除のことはしばらく忘れていて構わない。

The Zircons Live at Sokehs Rock w/満緑全席 and other stories.

The Zircons Live at Sokehs Rock on Tue. 23 Aug. 2011:

Sets:

The Zircons

  1. Gee Whiz
  2. You Belong to Me
  3. Blue Moon
  4. Life is But a Dream
  5. Zing! Went String of My Heart
  6. To The Isle
  7. You're My Heart Desire

    -満緑全席-

  8. 満緑全席
  9. Cupid
  10. Earth Angel
  11. Spanish Harlem
  12. One Summer Night
  13. So Young
  14. Since I Don't Have You
  15. 妖怪人間デブ
  16. Lama Rama Ding Dong
  17. Sixty Minute Man


今日の夏の終わりのハモらない:

24日の朝御飯 というわけで火曜日の17:00には四谷三丁目にいて、マイクセッティングの後にいつもどおりのんきで(「のんき」というお店で)リハーサルのウチアゲでレバ刺などいただく。ライブもいつも通りのどかに。それで旅行中の常とてあまり眠っていないもので、ものごっつひさしぶりに「終電で眠い」というのをやりましたな。

水曜日はのんびりしようと思っていたら、夏休みを決め込んでいた音羽屋からお呼びがかかって渋々々々々々々々出かける。晩は実家にお土産(観光パンフレットとかホテルのマッチとかそんなの)を持参して晩飯を集る。木曜日も音羽屋。

2011年8月21日(日曜日)から23日(火曜日)の17:00まで: りびけんの夏休み。

今回のあらすじ:

日曜日、盛岡でのT. M. Revolutionのコンサートに拉致られて、岩手くんだりまで行って日帰りってのもクヤシいので盛岡泊。
月曜日、なんとなく宮古市までいってみる。また盛岡泊。
火曜日、岩手からようよう戻って、四谷三丁目に17:00集合でライブ。

Stand Up! Japan 日曜日の朝:

朝からのんびりとごそごそして、12:00になんでか新井薬師の教会前でパツコと待ち合わせ。時間があるのでちょいと実家に寄ってみたら父が「泊まりはどうするんだ」というので「カプセルでいいんじゃね?」と言ってみたら「よせ、虫がでるぞ」っていつの時代のドヤを想定しているのだか。でもまあ盛岡はそうなのかな(まさかね)ってんで、ネットでお手軽に東日本ホテルというのを予約してみる。お値段はカプセルの倍だが、倍でも当日予約もあって破格だし、名の知れた一流どころではあるので話のタネにもなろうし、風呂トイレ共同が個室バストイレ付きならば出世とも言えるらん。

パツコは朝から日曜礼拝があってホッパーくんがベースを弾いたりしていたそうなので、クレオファス牧師の話を持ち出してみたら、パツコ知らなかった。そうか、世の中には『ブルース・ブラザース』を観ていないひともいるのだな、と妙なところで感心する。いやいて当然だし(永くビデオも封印されていたわけだし)、でもホッパーくんは間違いなく知っている筈だとも思うのだがどうなのだろうか。

高田馬場駅で東西線に乗り換えて、パツコとしては大手町駅で降りるつもりだったようだが、新幹線なら日本橋駅のほうが近いぞってのをお薦めして、はやてで一路盛岡に向かう。たまの旅行なのでとうぜん駅弁購入。


日曜日の新幹線の車窓から:

今日は西側の窓際に陣取って、宇都宮を過ぎたあたりから愉しくなってくる緑豊かな風景など眺める。文庫本も2冊ほど持参していたのだが、窓外のほうがおもしろいさぁ。やはり郡山あたりから気になるのは被災状況で、瓦葺の屋根にブルーシートをかけて砂嚢を乗せているお宅がまだちらほらと見える。トタン葺だの瓦屋根ふうツーバイフォーだのだとあまり被害の痕跡がみえないのは、壊れなかったのか修理が追いつきやすかったのか、僕には判らない。レディメイドの工場生産住宅なら2週間くらいで建っちゃうのもあるらしいから、意外と新築とか混じっていたのかもな。

ところで、晴れ男たる西川貴教さんのライブにいくわけなのだが、雨予報のなか例によって花巻を過ぎたあたりからいきなり晴れてやんの。ったく、物理法則とか気象学とかぜんぜん無視しやがってってんでパツコと笑っていたのでした。


日曜日の西川さん:

T. M. Revolution西川貴教さんの、震災で延期されているツアーの本来の最終開催地が盛岡市民文化ホールであった。それが311以来の騒動でいろいろと前後して8月21日の盛岡は最終日ではなくなってしまった、ついては手配してあげた公演チケットのキャンセルがちょこちょこあって、席が空いている。ついてはあんたの取ったチケットなんだから(たしかに僕のファンクラブチケットというものが存在して流通していることは否めない)あんたも来なさいという話になりましてな。まあヒマだし西川さんとの付き合いも長いし、といったような話でさ。

会場で2階最前列に陣取ってみたら、隣席のお嬢さんに挨拶される。なるほど、僕の名前の入ったチケットをお持ちである。前回は国技館公演にいらしたそうなので、正面と東西の音響の違いとかマニアックな話をしていたら「そういえばTwitterで西川さんが誰かにリプライしてましたね」って、それ俺やちゅうねん、みたいな話も。公演は定刻くらいに始まって、さすがにキャパ1,500くらいのコンサートホールだと音もいいね。

さて、僕のお隣にもう2席ほど空きがある。これも僕のとった席なのだろうなと思うと心が痛むが俺のせいじゃねえけど、すぐうしろの席の親子連れ風味の子供のほうが、階段通路に座らされているのを発見。どうやら未就学児だか3歳未満だかで無料入場だもので席がないらしい。それでお母さん風味に事情を話して、「係のひとになんか言われたら僕が説明しますから」と言ってお隣にご案内する。この幼児が元気でな、ちょっと目を離すと2階最前列の手すりを乗り越えて1階に飛び込もうとしやがるもんだから気が抜けない。母親風味は踊り狂っているものだから、まあ片目の端には入れておくくらいのことはして、と。まあ落ちたら落ちたでしょうがねえや俺のせいじゃねえよ。むしろ落ちたら面白いよ。けっきょく落ちなかったからまあいいや。


日曜日の夜:

ツレ3人が終電で東京に帰るのを見送ってから、東日本ホテルに電話して「いま松屋の前です」とか伝えて道案内などしていただいて、21:00くらいに無事にチェックイン。地図くらい持っていかんかい俺。いや、ほぼ手ぶらですからね。

キヨシローとチャボ 部屋に荷物を放り込んで、フロントに戻って「地元のものをちまちま食わせるいい飲み屋さん」を尋ねて、近所の南部どぶろくというお店を教えていただく(「混雑しているようだったらやめたほうがいいですよ」と言い添えていただいたのは内緒)。行ってみる。空いてる。地場ものをなにか、といいかげんな注文をして店主とダベりつつどぶろくなど啜っているところに「仙台からきました、盛岡随一の酒場だそうで」とか言いながらアベックさんが入ってきたもんで思わず「うそぉ」とか言ってしまって、そこからちょっと話になってしまって、なんだかんだで仙台の定禅寺ジャズフェスティバルではボンヌプラスに来ていただけるようです。よし。そんなこんなで、地元のどぶろくと清酒と古酒、つまみはホヤとか馬レバ刺とかどんこ汁とか。壁にキヨシローの色紙とかもあったし、ぜんたいいいお店でしたよ。


月曜日の宮古:

なんでか05:00くらいに目が覚めてしまって、じゃあ駅にでも行って観光情報でも集めるかと思ってとことこと歩いていたら、駅前に05:45発の宮古行きバスが待機しておられる。いずれ海岸べりには行こうと思っていたので、つい乗っちゃった。1995年には阪神大震災の現場に行ってるんだよね、俺。イラクや、今ならリビアでもいいや、ミサイル落っことされたとこにいた民間人がどうなってるか誰も知らないよね。今回だって津波の押し寄せるスペクタクル映像(これはさすがに失敬だとは思うが)とか眺めていても、東京にいっぱなしでは実感はない。リアルではない。なんでもそうだろ、脳で考えて脳で判った気になってもなにも判ってはいない。楽理を知悉して音楽の判らない(つまり演奏のつまらない)やつはたくさんいる、それと同じこと。

バスは市内を出ると緑の山中と悠揚たる川の大パノラマで、移動2時間と考えるとうんざりもしようが、2時間2,000円のスーパーライドだと思えばとっても愉しい。学生時分には自転車で東京から新潟まで山を越えて海に落ちたり、いろは坂を下ってる途中で海に落ちたりしていたりしたものだったが、こういうの好きだったんだなあ、と思いました。

災害洪水位標 それで08:00くらいには宮古に着いちゃって、お店とかあんまりやってないのでてきとうに見当をつけて徒歩で海っぺりに向かう。ええ、観光ですよ。盛岡市内では「宮古のへんはまだ被害は少ない」と聞いてはいたのだが、とんでもねえな。津波はきていないらしき駅前商店街にも「解体OK」とか赤ペンキで書かれた家なり商店なりがそこここにあるし、港に近づくにつれてそれが増えていく。所謂「土蔵」というのは要するに紙と土でできているので水に弱い(溶けかけている物件を視認)というのも発見でした。そうかと思うと一面の荒野のなかににょきっとお寿司屋さんが生えていて営業する気まんまんだったりなんかして(まだ10:00とかなのでやってはいない)、けっきょく3時間ほどもうろうろしていたのかな。

それで「災害洪水位標」という碑がすっ転んだまま放置されているのを見かけた(写真)のだけれど、ひょっとして「こんなトンチキなものは要らん」ってんで放置されっぱなしなのだろうか、などとふと思う。

宮古臨港日立浜町の住宅跡にあったアルバム 宮古臨港日立浜町の住宅跡、スネアドラム付き ところで、世界でいちばんヒマなひとの「岩手県宮古市日立浜町臨港の住宅跡にフォトアルバムが落ちていた話」はこっちね。ひらたく、津波被害に遭った住宅街で瓦礫撤去後のコンクリ基礎を眺めていたらフォトアルバムだのスネアドラムが置いてあったって話で、おそらくは瓦礫撤去作業のひとが捨てるに捨てられずに、だからっつって回収してしかるべきところに届ける手間もとれず手段もなくて放置していったものなのだろうとは思う(根拠のない推理ではあるが、そんなところでしょう)。これ、似た状況が各地にありそうなものとも思うのだが、どうなのだろうか。

さて昼飯だってんで、こういうときはカバテツさんだってんでメールして「宮古駅前におる、昼飯はどこか」ってのは僻地すぎてさすがに無理だろうなと思っていたら、瞬殺で「駅前の蛇の目」というお返事がきた(この話題に悪鬼羅を引っ張りだすのもどうかとは思うが、僕関係のアウトソーシング先は僕以外は滅多矢鱈と優秀だなあ)もので駅前の蛇の目というお寿司屋さんで、少しでも地元にお金を落とそうと思ってふだんなら並にぎりのところを上にぎりにして、と。銀座なら10,000円クラスが2,100円でした、という感じかな、謎の魚のにぎりだと思ったら鮑だったし。

あとは駅前商店街を流して、やたらと安くてやたらと美味そうなスーパーの生魚とかを買って帰れない(40 cmクラスのどんこが300円だよお立会い)のに地団太を踏みながら、帰りは電車にしようと思っていたのに電車が日に4本くらいしかないのでしょうがないからまたバスライドで盛岡へ。


そんで盛岡に戻る:

帰りのバスが市内に入ってしばらくしたところで「盛岡東警察署」という立派な建物があったもので、駅界隈との距離は判んないけどどってことなかんべってんでバスを降りて、遺失物係(なんでか正式には会計課らしい)に寄ってこれこれだからよろしくね、と言い置いてから宿に戻ろうとして道に迷う。まあいいや。道に迷いつつ、着替えのパンツと靴下は入手。なんせ手ぶらだから。

夜は、これもカバテツに無茶振りして教えてもらった沢内甚句さん(じつは日曜日に教えて貰い済みだったのだが日曜定休でした)に行ってみたら、お店のお姐さんのキャラクタがアルカフェのダンさんと同じだなと思って笑っていたらカウンタの隣に座ったお兄さんの顔が彦六店主のあのひとと同じ! もちろんスキンヘッド! というわけで、そのお兄さんといろいろ話してお宿に戻ってと。 ってなことで書くの忘れてるけど、カバテツありがとね。お土産ありません。


火曜日の盛岡から東京:

火曜日も早朝から06:00くらいに起きちまって、こんどこそ駅までお散歩して、宿に戻っていいかげん馴れ馴れしくなった(僕が、ですよ)フロントのかたに宿の朝食をご案内していただくわけ。

なんだかんだで盛岡城くらいには登ってみて、駅に戻って、けっきょく県立図書館でゼンリンの住宅地図をチェックしてフォトアルバムのあった場所を特定して盛岡東警察署にメールしてみたりして(盛岡東警察署には住宅地図かやる気かのどちらかがなかったわけさ)、あとは13:49の新幹線ぎりぎりまで駅ビル地下の立ち飲みにいましたとさ。けっこお洒落なのに立ち飲みがあるのが偉いと思いました。


さあて、16:30くらいに東京駅について、夜はジルコンズのライブだ。
岩手県宮古市日立浜町臨港の住宅跡にフォトアルバムが落ちていた。
宮古臨港日立浜町の住宅跡にあったアルバム 写真の無断掲載についてはご寛恕のほどを。
8月22日、雨の月曜日の朝に宮古市日立浜町の臨港界隈(たぶんこのへんだと思います)を歩いていて、どうやら瓦礫撤去後らしき住宅基礎の隅にフォトアルバムが落ちているというのか、雨ざらしのまま置いてあるのをみつけました。中身はふつうに家族写真とかそんなんで、劣化は始まっていますがまだ再生可能なレベルのようにも見えました。でももうあれから5か月も経つのにな、なんだろうなと思って隣の住宅跡を見ると、そちらにはスネアドラムがぽつねんと置いてある。
宮古臨港日立浜町の住宅跡、スネアドラム付き ああそうか、撤去作業員さんがさすがに捨てるに捨てかねて置いていったんじゃないかな、とは思いました。じゃあ持ち去って写真クリーニングのボランティアさんに引き渡す、とかいうのがよかったのでしょうが、明らかに人さまの「家のなか」にあるものを持ってっちゃうのもなんだなと思って、携帯電話の地図機能で近所の交番を捜して行ってみたら、交番流されてやんの。しかたがないので、午後になって盛岡東警察署まで行って、事情は説明して届け出ておきました。

あとで図書館で調べてみて場所の見当もつけてみて(県警に住宅地図がなかったわけ)、これも県警さんにメールはしておきました。いらないものではないと思うので、どなたかのお手許にもどるといいなとは思いますが、僕にできるのはここまでですな。

2011年8月20日(土曜日): 顔面に力が入らない。
しゅろしゅろ 今日のごろごろ:

お昼寝日和だったもので、ごろごろしながら本など読む。都筑道夫2冊、ブラウン1冊、Ruth Rendellの原書を20ページ。


明日の盛岡:

ちょいと調べてみて、けっこうお手軽に八戸あたりまでなら行けるらしきことを発見。じゃあ日曜日は盛岡泊、月曜日は八戸泊で、火曜日のお昼くらいまでに新幹線に乗れれば夜のジルコンズライブには間に合う、みたいな感じか。適当な木賃宿が見つかるかどうかが勝負だが、なにこの時期なら野宿したってぜんぜん構わん。持ち物はライブ用の歌詞カードが1枚と文庫本2冊、携帯電話の充電器。煙草はふだんなら持参するのだが、今回は現地で買うね、たしか税収は自治体に落ちる筈だと記憶するもので。

明日はパツコとなんでか教会で待ち合わせて、東京駅で駅弁を買って、いちろ盛岡。盛岡で回数券の予約を取り消して、ライブ終了後に宿とメシを捜す、と。なんとかなるべい。

それでふと気がついて、月曜日返却期限のレンタルビデオ『マチェーテ』を返してくるわけ。

2011年8月19日(金曜日): If not us, then who?
今日のかまわぬ:

かまわぬ なにかの拍子に頂戴したものだと思うのだが憶えていなくて申し訳ない(くだされたかた、リマインドおねがいします、ごめんなさい)のだが、一尺半四方の厚手木綿のハンカチを発見。今日は重宝しました。でも柄が鎌輪ぬじゃ成田屋じゃねえか。音羽屋ならダブルセンスとかだった筈だが、まあいいか。


今日の高校:

作新学院、負けちゃったね。
ブラバンのアレンジが昨日と違ったみたいでびっくりしたのだけれど、気のせいだよな、たぶん。

2011年8月18日(木曜日): ゆきあたりばったり。
今日の高校野球:

The Zircons 早起きして、ガチで十数年ぶりにテレビの野球中継など眺める。うん、スポーツ中継観戦とRPGを自己に禁じたのは高校生時分のことで、そうでもしないと人生の時間がうんと足りないと判断したらしいんだな。今日は甲子園の高校野球で作新学院 vs. 智辯学園の準々決勝戦で、ここで勝ったらもう作新の優勝だろってなもんなのと、なつかしの作新学院吹奏楽部が聴きたいというのもありましてな。僕は枝野幸男氏も在籍した宇都宮市立陽東中学校吹奏楽部出身で、ユーフォニウムを抱えて作新学院ブラバンのスクーリングにいくのが愉しかったのを憶えているのですよ。

じゃあ作新学院自体が好きかというとそんなこともなくてですな。いまは知らないが僕のいた当事は栃木県の県立高校の入学試験が3月半ば固定で、あまり数のない私立では作新が2月末に実施、県内の全中学生が受験して、僕もその群れのなかにいた。試験会場で座っていたら、どうやら宇都宮大学生のバイトらしい兄ちゃんが「きみはどこの学校?」と訊くので「陽東中学校です」と答えたら、この馬鹿学生が「陽東は悪いから俺は嫌いだ」と答えやがった(たしかに前年に新聞沙汰になるような中学間闘争はあったが、首謀者某も僕の知人ではあったが、俺そんなのぜんぜん関係ねぇし)。当事はおとなしい中学生だった僕はとくに言い返すこともせなんだが、子供なりに腹に据えかねたとみえて、「こんな学校入ってたまるか」ってんで試験5科目ぜんぶ解答欄白紙で出してやんの、さらに馬鹿。とうぜん落選。そういえばこの話すんの初めてだな、両親にも言ってないわけで。すまんね。

そのあと東京の高校を受験して、こっちはマグレで受かっちゃって、地元では「作新を落ちてるあいつが合格したんだから」ってんで翌年に出身中学校からバスを仕立てて同高校を受験しにきたとかいう噂は聞いた。そんで全員落っこちてやんの、ざまあみろ。儂のフロックだけ人生をなめたらあかんという教訓ですね。

Stand Up! Japan それで、高校は東京のほうでうかっちゃったもんで、県立高校の受験はパス。ついでに中学校のほうも「こなくていいよ」(大意、文責俺)ってんで、2週間ほど東京見物して遊んでたりして。父母の実家が新宿と世田谷にあったもので、衣食住にも小遣いにも不自由はしない。たぶん「むこう10年くらいは住む土地なのだから馴れておこう」とでも思ったのだろうな、浅草寺にも東京タワーにも霞ヶ関ビルにも行った。神田にいくと古書店街があるというので神田駅に行ってみたらなにもなかった。御茶ノ水で崖から落ちた。上野公園で婆ちゃんの作ってくれた弁当を食べていたら補導された。

宇都宮のほうでは、作新学院と県立高校の合格者名簿は下野新聞に掲載されて、全県民がそれをチェックしている。僕の名前はとうぜんどこにも載っていないので、母はひとと会うたびに「あの、息子さんは」と中途半端な愁眉で尋ねられていたのだそうな。あっはっは、知らん。

とかいってる間に作新学院、勝ちましたな。いい試合でした。


今日の小学校:

杉並公会堂でエレクトーンを弾く子ども。 宇都宮市つながりで、さいきん知人が「小学校が18人2学級」と言っていたのを思い出しました。音羽屋の社長のところは30人学級くらいだったかな。僕も小学校1年生か2年生くらいまではひとクラスそれくらいだったんだけど、そのあたりで産業道路が開通(国道4号線バイパスだったかな)、併せて重工業だの食品業だのの工場があいついで開設されて、一挙に人口が倍くらいになってやんの。とうぜんガキの数も倍になるわけで、小中学校大慌て。事前に察しておけよ峰小学校と今なら思うのは措いといて、3年生から55人学級とかで、座る場所にも困るし休憩時間にトイレに行くのにも人波を縫うような始末。4年生のときには校庭をつぶしたプレハブ校舎で、中学1年のときには中学校の新校舎への移転を手伝わされました。移動ではダンプカーの荷台に中学生を満載していましたから、あきらかに違法だな。のんきな時代でした。

そういえば、新設なった陽東中学校の西側2階廊下照明のクロス配線が間違えられていたのは発見(あっちとこっちのどちらのスイッチでも点燈できるはずが、両方をONにしないと点かない仕様になっていました)していて黙っていた中学生の僕なのだが、その後どうなったのかしら。まあ中学は中学で「こんな中学校どうでもいいや」と思っていたわけだし、なにしろ国語教師が漢字の「五」をちゃんと書けないって、どんな田舎なんだよそれは。


今日の明日:

おや、することがない。しょうがないのでいらないものをヤフオクにでも放り込むか。

  1. 歌謡曲のEP版を10枚ほど、
  2. ロックとジャズのLP版(オリジナル版はない)を100枚ほど、
  3. 京都エコーの『光る砂漠』のLP版、
  4. 映画秘宝のA4版をぜんぶ、
  5. ヘンな映画のVHSをたくさん(『ドクター・サイクロプス』とかそんなん)、
ぜんぶ捨て値っと。
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