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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2009年3月24日(火曜日)、ちちんぷいぷい。
No Uke! ハモニカ中。 昼過ぎ起床、腹部に筋肉痛があるのはしょうことあるまい。先日の久々の合唱で傷んだあたりがまた痛かったりするのですよ。

朝食、コーヒーとバナナチップ。
昼食(16:00くらい)、いろいろトッピングラーメンと卵御飯。
晩飯、ニシンと納豆ご飯。

あとは念のため早寝。はい、本日終了。


今日のWBC:

大韓民国チーム対日本チームということで、実は勝敗にはさしたる興味もない僕だったりする。あまりフィジカルなほうに精を出すほうではないのだが、ああいうのは第一義的に観るもんじゃなくてやるもんだし、あるいはきっちり全力を出し切ったうえでの勝敗であるのならばそれでいいじゃねえか、くらいのスタンスではある。それでもいちおういくつかの試合は観てきちゃったわけだし、きょうもチェックしつつやはり応援するとなると日本軍か(この小さなナショナリズムを持つ自分がすこし嫌だ(もちろん自国を応援する気持ちはよく判るのだが))。

韓国の人は、勝つとピッチャーマウンドに太極旗を立てるんだってね。いやまあ、「文化の違い」って奴か。サッカーだって勝てば踊るし、モンゴル相撲は勝てば踊るし(だから朝青龍のガッツボーズはある意味で正しい)、個人的には特に文句はない。日本は勝っても旗なんか立てないけどね。

9回裏の同点時に原監督が歯をみせて笑っていたが、あれが正しい態度だと思う。国なんか背負ってねえよ、野球の試合をやってるんだよ。

そんなこととはまったく関係なく、数人と話してみて「バックネットの左側の宣伝」がCGであることを知らない人が多いので小さく吃驚。だってよ、全世界中継でカストロ議長まで観ているってのに「マクドナルド」だの「三井住友ホールディング」(だっけ?)だの「ハリー・ポッター」(カタカナ)だのばっかりのわけないじゃん。
よく見ていると、捕手が後逸球なりを拾いにいったときの画像では広告部分がただの「緑色の板」になっているのが判ると思うので、知らなかった人は新聞のスティルなどで確認してみてください(もちろんスティル・カメラにはCGは映らない)。

ちょっと恥ずかしいと思った話で、昨日の対アメリカ戦のテレビ実況。ワンダン走者1塁といったところで、アメリカ軍が内野ゴロを打って1塁走者が2塁に進むと実況は「ダルビッシュ、打ち取りました」。同じ状況でイチローが内野ゴロを打って1塁走者が2塁に進むと実況は「イチロー、ランナーを進めました」。こういう身びいきがいちばん恥ずかしいと思うの。
試合自体はいいものだったし、楽しめました。

今日の宮之餅:

ベルナルー・ビュッフェ と書いた端から心の狭い話で恐縮なのだが。

栃木県宇都宮市に池田屋という和菓子店があって、知る人ぞ知る「宮乃餅」というお菓子を販売している。小粒のお餅にきなこをまぶしたようなもので、僕は割と好き。
さて、僕の祖父に前田雀郎という川柳人がいて、たとえば宇都宮市の中心部にある二荒山神社には雀郎の句碑があり、その除幕式で紐を引っ張ったのが当時3歳くらいの俺。不思議なもので、訳も判らず紐を引っ張ったら満場のお客さんが拍手してくれたのでなんとなく嬉しかったのを覚えている(だからこんな大人になってしまいましたとさ)。

この宮乃餅のパッケージには、明治当時の発売いらいその雀郎の句が記されていた。なんでも先々代の池田屋さんが雀郎と懇意だったそうで、発売にあたって発句と揮毫をプレゼントしたとの由。つい先日まで百年近くにわたって宮乃餅のパッケージには雀郎の句が掲載されていた。

さて先日、知人から土産の宮乃餅を頂戴したのだが、いつの間にやら装丁は中村汀女さんの句に変更されていた。まあ雀郎のパッケージでちょうど百年目だから変更したとかいう理由はあろうが、長男や孫は存命中だし川柳界隈に縁もないわけでもないし連絡先もちょっと調べりゃすぐ判るんだから、一言あってもよかったのではないか。いや子々孫々はどうでもいいのだが、爺ちゃんに対してちょっと失敬だな池田屋、なんて思わないこともないのでした。汀女さんとてたしょう気にしないこともなかろうとも思うのです。



明日は、

今夜はとっとと寝て肋骨を守る。
明日は大活躍を予定。頼むよ俺。ほんとに。



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晩、胸痛猖獗。
骨 昨晩になって右腹部の(僕は肋骨のヒビだと思っているあたりの)鈍痛が疼痛に変わってきたようで、じっとしていても痛いしちょいと動けばもっと痛い。両手で押さえてやるとちょっとは痛みが減ずるようなので、けっきょく一晩じゅう腹を押さえてうんうん唸っておりましたとさ。どうでもいいけど眠れやしない。というか、ちょっとは眠るんだけどもともと姿勢が不自然だものだから(腹を押さえて寝てみれば判ります)、ちょいと眠ったところで身体が動くともう痛いから目が覚める。

今日の虞肝障害:(虞肝障害

牛レバー こんなことでも「治りかけの第七肋骨疲労骨折」(素人の自己判断である)なのか、やはり急性肝炎なりを疑ったほうがよいのではないのか。でも自慢じゃないけど土曜日からこっち酒は呑んでいないのだから月曜日の夜になってなんでそんなことに、などと思いつつ暗闇のなかで明け方を迎える。

いよいよ医者にでも行ったものだろうか。黄疸も発熱もないし、いつも通り小食だし動く分にはいつも通りカサカサとですね。アブラムシかっ。


今日のやっぱり肋骨:

ラムチョップ 明け方になって、身体を動かすと同時にうまいこと首を廻すと痛みがないことに気づいたもので、なんだやっぱり内臓障害じゃなくて骨傷害じゃんのと思って安心する俺。しばらくごろごろしながら首の角度を練習して、安心して寝て起きたらお昼でした。

起き出してから、右腕で重いものを持ち上げつつ首の角度を調節するとかそういうくだらない練習をしばらくやってみて、だいたい納得がいったのでさてお仕事、のまえにWBC観戦ですか。

2009年3月23日(月曜日)、胸痛ふたたび。
No Uke! ハモニカ中。 09:00起床、コーヒーとバナナチップとオリーブオイルとオレンジジュース。

今日の胸痛:

もう2週間ほども快方に向かっていたというか、要するにほとんど忘れていた胸の骨折(推定)跡が昨晩になってやたらと痛み始めやがりましてですね、寝がえり打ったりちょいと起き直ったりするたんびに痛い痛い。以前にアドバイスをいただいていたので、いちいち「いたいいたい」と発音してみるのだがあまり慰めにもならないなあ。気休めにはなるが。

翌朝になってさてどうした機序なのかしら、また折れたりなんだりあるいは僕の誤診ででもあったかしらなどと思いつつふと思い出したのが、肋骨疲労骨折の先輩である高円寺ジプシー・ウェイのお姉さんのお言葉である。

>>治ったかなあと思っていると、治りかけの3週間目くらいにいきなり痛み始めるんですよね。
そっかぁ、治りかけなんだぁ、と判断してこの件は忘れる。痛いけど。

今日のニュース:くだらないことを書きます。

「たまゆら」という老人ホームだかが焼けてしまって、犠牲者のご冥福をお祈りもうしあげるとともに、報道で漏れ伝えられるどうやら杜撰でいい加減であったらしいことも判りつつある。それは措いて、まず「たまゆら」という施設の命名にちょいと驚いてはいた。以前に書いただろうか、看護師宿舎の名称が「あやめ寮」だったなんてのはかわいいものでしたな。

渡欧していた知人が今日、飛行機が墜ちた直後の成田空港に帰ってきた。なんでも事故後3時間ほどで成田上空に着いたものだからしばらくの旋回待機を覚悟していたものが意外とすんなりと降りられたそうで。どうやらジャンボジェットが全員諦めたものだから、300席くらいのしょぼいヘルシンキ便あたりはすんなり降りられたのだろうかしら。


晩、モヤシの胡麻油和え、ニボシ、カブの味噌汁、ご飯に納豆。

壁

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