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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


Happy Xmas (John Lennon) 、或いはケメ子のバカタレが。
過日、「レノンの『Happy Xmas』の副題を"戦争は終わった"とするのはヘンだよね」という趣旨の話題をこのブログに書いてみたら、ケメ子と名乗る莫迦が莫迦で滅茶苦茶なコメントを寄せてきたものだから、やんわりと「あなたは莫迦で滅茶苦茶ですよ」と指摘してあげたら、コメント欄で逆ギレしておられた。

正当なことをまっとうに説明して逆ギレされても、あるいは莫迦に逆切れされても気にはならないのだけれども、頭の悪い彼(あるいは彼女)を切り捨てたままでも彼(あるいは彼女)の更生の途があるまいし、親切な僕は解説してあげることにしました。


とりあえず、レノンの元ネタ詩を日本語に訳出してみました。
よいおとしを。

年の瀬だね。
あんたどうしてた。
旧い年は終わって、新しいのが始まるよ。

それにしても年の瀬だね。
近しい人、親しい人、老人も若人も期待してほしい。

もう年の瀬だね。
いい年になるよう期待しよう、なんの恐れもありませんように。

こんな世の中だけれども、
弱い者にも強い者にも金持ちにも貧乏人にも、年の瀬は来ちゃうね。
(戦争は終わる、あなたが望めば今すぐにでも)。

いい年の瀬でありますように。
肌の色なんかに関係なく。
とにかく戦争はぜんぶとめよう。

戦争は終わる、あなたが望めば今すぐにでも。

※いろいろくりかえし

いい年であるように祈ろう。
どんな恐れもなく暮らせますように。
Let's hope it's a good one
Without Any fear

戦争は終わる、あなたが望めば今すぐにでも。

僕の訳文が拙いのはまあ勘弁していただくとして、大筋ではこんな感じだと思うの。

ざっくり「強い意志もて戦争をとめよう」、『Imagine』と併せて考えれば「政治も宗教もくそったれだ、とりあえず諍いはとめよう」といったところか。レノンが何を言ったかは、ネットにいくらでもネタがあるので検索してほしい。


というわけで、ケメ子の阿呆についてこれを糾弾しておく。ヒマなわけじゃない、こういう莫迦を潰しておかないと先に進めないんだよ。阿呆が莫迦なことを言っていると思っていたら阿呆な主張がその他の莫迦を席捲してしまった例を、あなた知らないわけじゃないでしょう?

ことの発端は、僕がレノンの『Happy Xmas』について副題を"戦争は終わった"とするのはおかしいよな、「戦争は終わる」ではないのか、とこのブログにちょいと書いてみたところにケメ子なる者が莫迦なコメントを寄せてくれたことにある。

僕は、間違いと勘違いと思い込みについてやんわりとたしなめる内容のコメントを付けてみました。

そんなこと言ってるから終わらねえんだろうがよ。理想論で済みゃ問題はないわけで、きちんと歌詞読んでから出直してきやがれ阿呆たれが。貴様が空爆を促進してるんだよ、そんなことも判らねえのか。

「いじめ」があったら「仲良くしましょう」って、そんなんでどうにかなるんだったら苦労はないね、はいはい。んとに反吐が出らあ。

このコメントに対して、タイムスタンプ見ただけで笑っちゃうような怒りのコメントが付いていますな。読まんでいいけど読みたい人はこちら。バカだこいつ。
バカなのはいいとして(後に逆ギレするのもまあいいとして)、しかしここまで徹頭徹尾間違ったことを人類は書けるんだなあ、とはちょっと思いました。ヒドい文章なのだが、引用させていただく。
sub: 詞の意味
平和や幸せを願ってるんだよ。相手のこと思いやる気持ちがあれば、平和がくるんだよ。それを本当に願っている人の心には争いは終わってるんだよ。

まずタイトルが『詞の意味』ってところで大笑いなのだがな。このケメ子という莫迦が原詩を読んでいないことには疑いがないし、そこを批判されてせめて考証をしなおすだけの誠実さがないことも明らかなのだが、措いといて。

>>相手のこと思いやる気持ちがあれば、
この詩に「相手」は出てこない。他者ではなく同志としての「あなた」は出てくるけどな。
>>平和がくるんだよ。
平和は来ていない。「あなたが願うならば」という前提がある時点で、「思いやる気持ち」とも関係ない。
>>それを本当に願っている人の心には争いは終わってるんだよ。
それって、「戦争が終わったと思い込んでる人の心の中では、戦争は終わったことになってる」って話なのかな。全人種を網羅して「戦争なかれかし」という主張に対して、「(その)人の心には」ってのは矮小化しすぎだろう。
あんまり「要するに」という言葉は使いたくないのだが、要するにケメ子の莫迦は『Happy Xmas』から(ありもしない)思い込みだけを抽出して、判りもしないのに判ったようなことを言っているわけさ。
だから齟齬は齟齬として親切にも指摘してあげる必要があったというのもあるけれども、そういうふうに想像力もなんもないやつが「抑圧されている人々を救わねば」っちゅうて戦争をしかけたりして、挙げ句に救援物資の下敷きになって死んだりする原住民(というか、アメリカ人は「土民」だと思っているだろう)もいるという現実もあるわけで。
というわけでコメント欄であれだけデタラメを書いてくれたケメ子としては、
  1. 『Happy Xmas』の歌詞についての私見、
  2. 僕(りびけん)以上に自分がレノンを判っていることの証明、
  3. その想像力不足が空爆を誘発したというリクツへの反論、
はお願いしたいところだ(どうせ出てきやしないだろう、というのが一般的な「予想」というものではあるが)。

君以外の誰にも判らない捨てハンドルでアクセスして勝手なこと言って勝手にキレているどうしようもない君に僕はチャンスをあげているのだから、誠実に対応してもバチは当たらないと思うよ。IPアドレスも判ってるんだけど、もちろん公開などしないよ俺は。

ちゃんとしろ。俺に対してもジョンさんに対しても、それが礼儀だ。



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2006年11月6日と7日(月曜日と火曜日)、なんだかんだ。

6日は、ふつうに池袋OK牧場でお仕事。久し振りにケッタ出勤、ケッタ帰宅。

晩飯、冷蔵庫から発掘した腐れ和牛ステーキ肉を丁寧に焼いてキャベツを添えて、これが滅茶苦茶美味かった。どこかで誰かに貰った肉なんだけど、出自が知りたい。知りたいけれども単にコンビニ袋に「べちゃっ」と入っていたものだからよく判らない。米沢のフィレだと思うんだけどなあ。あと、冷凍庫の奥にあった材料でポトフとか作っていただく。



7日は、荻窪「ルースター」でジャム・セッション。なんか勘だけで演っているような人たちがたくさんいて好ましゅうございましたな。

演っているうちに終電が無くなっちゃって、「そういえば荻窪の駅前に合唱団の後輩がいたなあ」と思って電話して、午前1時から寝ているところを叩き起こして自転車を借りる。それでとろとろと帰る途中の東中野界隈で「あんまりややこしいところに置いても悪いしなあ」と思って、早稲田通り沿いの適当な寺の前に自転車を停めて、チェーンロックをかけて、鍵はお寺の石碑の下に丁寧に隠して、後輩に電話して自転車と鍵の場所を熱心に教えてやる。週末くらいには回収に来るだろう。いつもすまんね。

晩飯、大和陸橋のフーデックスで買い込んできたトンソクと、おでん。

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