FC2ブログ
徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2006年8月5日(土曜日)、ステマネが来ない。
さて、男声合唱「甍」演奏会、於:杉並公会堂の本番当日である。

ホール責任者というか外回り担当の僕は、なんだかんだで夜更かししちゃったものだから1時間ほど仮眠をとって、なにか食べてから地下鉄で荻窪へ。10時半集合のところ10時くらいに到着して、関係各位にとりあえず挨拶など。ステージ・マネージャのモテギさんはまだ来ていない。


概ねのスケジュールだと、10時30分からリハーサル、13時50分くらいにリハーサルが終わって14時開場、14時30分から16時30分までが本番であと宴会、といった感じ。僕らウラカタは支給のお弁当を12時くらいまでにいただいて、正午からパンフのビラ挟み、それからセッティングをして13時から受付スタッフ打ち合わせといったことを予定していた。

その13時にアヤ先輩がやってきて、「モテギがいないから、おまえステマネな」って、いやあ笑った。聞けば、モテギさんの自宅の電話には誰も出ず、携帯電話はコールは鳴るのだがやはり誰も出ない。ひょっとしてモテギさん、死んだか? などと言いつつ、まあ死んだら死んだで一報くらいは入る筈だからきっと日曜日本番だと勘違いして遊びに行っちゃったんじゃないかなあ。死んでたらどうしよう。

アヤ先輩には「5分後にソデに行きます」と言っておいて、受付のお手伝いに来てくださっている松原混声合唱団のミヤザキさんをとっつかまえて5分間で受付廻りのレクチャーをして、「あとはよろしく」とか言って去っていく私。今回の受付廻りは、人数も少ないし(しかも俺が抜けた)、CD販売は割引販売と学生割引販売とOB特例販売2種とかがあってややこしいし、かてて加えてキャパ1,200人のホールに動員1,000人とかいう情報もありけっこうなてんぱりかただったのだが、まあしょうがないな。


というわけで、以降3時間ほども裏手を走り回ったり受付を巡回したり外で煙草を喫ったりしていたのでした。お手伝いの皆さんと学生諸君、ホールの皆さん、先生がた、ありがとうございました。
高校生の集団「あの、僕らは何時くらいに集合すればいいでしょう」
りびけん「ん? ああ、勝手に開演を5分オシにしたから、35分ってとこかな」
高「あの、モテギさんは?」
り「ああ、モテギさんがいないんで‥‥(間)、僕がステマネになりましたぁ!」
高「わーわー、ぱちぱちぱち」
なんの緊張感もなくて頼もしい限り(笑)。
ステマネ不在については、事情は知らんがまあ「いないものはいないものだ」というのが儂らの基本姿勢ではある。後で聞いたら「余所の合唱団だったらたいへんなことになる」という話もあったのだが、そんなもんひとりやふたりが来なかったくらいでビクともする儂らではない。後刻の話題としても、モテギさんを非難したり意見したりする人間はいないが、今後一生涯にわたって笑い話のネタとされるであろうことは間違いなかろうというのがほぼ全員の意見でしたな。
ちょっと腕時計が家庭内行方不明になっていて、それでたまたま父の金ぴか腕時計を借りてきておいてほんとうによかった。あとは、Strikes Back IIIのサソリTシャツにサングラスで両の肩にはライブの名残のタトゥーという信じられない格好ではあるのだが、知ったこっちゃねえや(笑)。

ホールのかたがピアノの出し入れなどのお手伝いもしてくれるのだが、服装はTシャツにジーパンかなんかである。「この服装で舞台に出てもいいものかどうか」とおっしゃるので、「僕なんか思いっきりこんな格好ですけど」って言ってみたら「じゃあ問題ありませんね」と事務的に言われちゃいました。楽しいなあ。

いや、受付やるならこれくらいの格好のほうがよろしい。へたに背広なんか着ていると、お客さんが寄ってきちゃってトイレの場所とか座席の場所とかいろいろ聞かれて仕事がしづらいもんね。でもステージに上がって譜面を取り替えてきたりするとなるとまた話が違うのだが、平気な顔してパンクスの格好のままステージ上もうろうろしていました。


演奏会には木下牧子先生、プーランク先生、信長貴富先生、新実徳英先生の作曲陣が全員いらしてくださって、客席も俺が開場をまくくらいだから(定時派なんです)けっこうな満席で、演奏の出来も(聴いてないけど合唱団員の表情で見当はつくから)よかったのではないか。

俺個人のことを言うと、

  • 開場前の行列を眺めながら「開場時間をまいたもんかな。誰が判断するんだ‥‥あ、俺か」って言ってたらホールスタッフの人が笑ってました。
  • 開場10分巻きを決定してから、客席無人のうちに5種類ほどあるベルを全部鳴らして(会場内に轟きわたるのが面白い)聴き較べてみました。結局1番ベルに決定。
  • 清水敬一師匠の譜面をちょっと預かって、一瞬なくしました。あはははは。
    ついでに譜面台の高さの場ミリを忘れたもんで、清水敬一師匠に2度ほど上手袖まで走っていただきました。あはははは。
  • 僕についてくれた奴隷学生スタッフがナベシマ君という人で、よく働いてくれたし気も利くし、助かりました。名前をきいたときに鍋島騒動の話をちょっとしてみたのだが、彼は知りませんでした。自分の名前なのに。怪談佐賀屋敷 ◆20%OFF!
  • 支給弁当は上海エクスプレスで酢豚か牛肉かエビチリ、全品に青椒肉絲付きでとても美味しい(ほんとうに美味しい)。というのをそれぞれのお弁当の特徴も交えつつ、先生方の楽屋にお持ちしながらいちいち解説している俺。ちょっとヒマだったヘンなステマネ。
    エビチリ弁当(千円)。
  • 杉並公会堂の袖で、ここの制度なのだろうけれども照明の操作からベルのスイッチまで操作している俺。スタッフさんが親切に教えてくれるのだけれども、なんか間違えると客席真っ暗とかベル鳴らずとかいろいろあってですね。なにかやらかしたほうが面白かったのだろうがそんなこともなく。
  • 新実徳英先生の曲を演奏したステージでは、作曲者紹介とともに先生のお誕生会が行われました。ステージにケーキを出して『Happy Birthday』の大合唱(たぶん清水昭師父が5分で書いたアレンジ譜だろう)って、ありえねえ演奏会だなあ。
    そんな大騒ぎのさなかにアンコールの連弾用のピアノ椅子を持ってほてほてとステージに出ていくパンクス男。もっとありえねえ。
  • ピアノの佐竹優子先生には、タトゥーを自慢しておきました。ヒいてました。
  • ステマネ就任が決まってから、ユンケルの安いの1本、「眠々打破」1本、「オロナミンC」1本をチャージ。
    終演して合唱団員がハケた時点で俺が電池切れ、そのへんのソファーで5分間ほど昼寝しました。
出演合唱団員がざっくり100人。
お客さんがざっくり900人。
スタッフ総勢1ダース+ホールの皆さん。

ありがとうございました。


撤収後、とっとと阿佐ヶ谷のほうに移動して楽しくウチアゲ。
ウチアゲ会場がなんでか禁煙だったもので、店の隅から灰皿を持ってきて、三月会(平均年齢70歳くらい?)の重鎮の前あたりに配置してみたら、案の定煙草を喫い始めたものだから、そのあたりをトリガーにして全席喫煙可に持っていく悪党の俺。けけけ。

あとはなんでか挨拶の劈頭を切らせていただいたりして、適当なことを喋りました。
モテギさんはどうやらやっぱり日曜日開催だと思い込んでいたようで、本番終了後あたりから各地にモテギさんからの電話が入り始めました。「日曜じゃなかったんですか?」ってな感じで、やっぱり笑い話だな、これは。そんな話をいろいろとですね。

そこから二次会に移動してじゃぶじゃぶ飲んで、そこからナガタ先輩のご自宅に移動してじゃぶじゃぶ飲んで、合唱団の運営のことでクシビキ先輩の話に腹を立ててですね(酔っぱらいですね)、タクシーで帰宅、死に寝。

いろいろあって面白かった日でした。



スポンサーサイト



footcopy