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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


いちゃもん。
ラヂオの時間 スタンダードエディション エアチェックしておいた『ラヂオの時間』で、モロ師岡の「バッキーさん」はウクレレを片手に登場するのだが。これ、「バッキーさんならウクレレでしょう」っていう洒落だよな。1997年だかの劇場公開時に観ているのに、ぜんぜん気づいていませんでした。ちょいと悔しい(『みんなの家』の『JAWS』には、三谷幸喜がネタばらしする前日に気づいたのになあ)。

そういえば、クドウさんがメインコンソールから出している指示は「一方通行」な筈なのだが、そんなことはどうでもよかろう。


『夢魔の標的』(7&Y) 星新一『夢魔の標的』(新潮文庫)、読了。

東京メトロの新中野駅で無料貸出になっていたものをお借りしましてですね、ありがとうございました。なるべく早急にお返ししますので、あとシステムがよく判らないのですが、なるべく人畜無害で面白いものを2~3冊くらいは寄付できるかとも思います。

星新一はけっこう中学生あたりまでは読んでいる人が多いようなのだが(僕は『ボッコちゃん』あたりで終わりか)、それ以降の年齢で愛読していたという話をあまり聞かない。なぜだろう。『ドカベン』だと「いわき東戦」までを読んでる人が多くて、「土佐丸戦」以降となると読んでる奴が皆無というのと似ているのかなあ。『エルム街の悪夢』も1作目とファイナルしか観てないのが多いようだし、僕も『STAR WARS』は4、5、6ときて1の半分で終わった。『スター・ウォーズ』のエピソード1はくだらなかったからいいんだけど。

まず驚いたのだが、長編でした。星新一なのに。それと読了してから知ったのだが、後期の作品かと思っていたら昭和39年(1964年)刊だったのね。初期もいいとこやんけ。まあ主人公が腹話術師でアパートの大家さんが電話の取り次ぎに来てくれて、おそらくはオープンリールの録音機が最先端技術だったりする時点で気づけっつーの俺。

さすがに星新一だものだから40年後に読んでも古くさいとかいうことは全くなくて。そうさのう、先発のジャック・フィニィ『盗まれた街』とかジョン・ウィンダム『呪われた村』を意識しているところはあるのかもしれないが、侵略者が「身体まるごと入れ替え」とか「後継者育成」とかに走らず、意外と穏健な手法でやってくるあたりは新鮮なのかも知れない。
つうかさ、『盗まれた街』(1955)にしても『呪われた村』(1957)にしても(ジョージ・パル版『宇宙戦争』(1953)にしても)、明らかに「アカが隣にやってくる」ことの恐怖か嫌悪感を描いてるでしょ? まだ高度成長でイケイケドンドンだった時代に、なんでこんなデストピア小説が書かれたのだろうか。そのへんがよく判らないんですけどね。


【DVD】ハイパーセレクション魔女の宅急便 これも録画しておいた『ウルトラマン・マックス』を眺めていたら、少女に化けたバルタン星人が漁村の少年と一緒に「ほうき」に乗って空へと舞い上がるのだが(自分で書いていても清々しいほど嘘くさい)、やはり柄のほうを先にして跨がっていた。だからさあ、ブラシ(というのか穂先というのか)のほうを先頭に持ってくるのが正式なんだってば。『魔女の宅急便』以来というわけでもなかろうが、みんなが間違えている。母のベルリン土産の「鉤鼻魔女人形モビール」(どんな需要があるのか全く判らん)でも魔女全員が向きを間違えて跨がっていたもので、20人がとこを全員分解して直してやったぜ。ハリポタ? 観ていませんから判りません。
刑事コロンボ 完全版 Vol.10 野望の果て/別れのワイン 昨年だったかに脚本が大好きなラリー・コーエンだったことを発見して吃驚した刑事コロンボ『別れのワイン』なのだが、なんでエイドリアン・カシーニがエアコンのスイッチを切らなければならなかったのかが未だに判らないのですよ。原作本(というかノヴェライズ)も行方不明だしなあ。あれさえなけりゃ捕まらずに済んだのになあ。

「捕まらずに」と書いたのは、コロンボの手法だったらアメリカの司法制度(というか司法慣習)ではほぼ有罪判決は不可能だからなんだな。石上三登志さんがそのへんは解説されていたようにも思うし、こまかい証左としては古畑任三郎で「小石川ちなみが無罪になった」というギャグがありました。

関係ないけど、ドナルド・プレザンスは本作で僕のヒーロー(というか当時は役者で映画を択ぶしかなかった)に成り上がったものが、後にナンシー・アレン(離婚後だろうか?)と組んでインチキなホラー番組とか作ってて悲しくなったのも今となっては以下略。まあピーター・グレイブスとかも似たような仕事をしてるしな、『ハロウィン』以外にチャンスがなかったという話もあるのだろうかしらん。僕が『別れのワイン』を覚えているから、だいじょうぶ。



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2006年2月11日、センセーとか。
朝からちょいと大塚まで納品に。さいきんは四谷駅とか恵比寿駅とかに行くたびにあまりの新築ぶりにびっくりすることが多いのだが、大塚駅は変わんないねえ。そのあと13時からのお稽古を目指してHawaiian Dreamへ。13時10分前くらいに到着したら、既に生徒さんが待っておられました、ごめんごめん。

それでサトミちゃんに頼まれていたキルトの机カタシを生徒さんたちが手伝ってくれる。どうもありがとうございました。


今日のセンセー!:4人まとめてかかってきなさい。
生徒76号さんと77号さんと78号さん、2回目。
生徒79号さん、1回目。

ゼクシィ ナチュラルウェディング pastel というわけで、3月25日の結婚式に向けた先週のトリオ・ザ・ウクレレさんがまた一人増殖なされてですね。生徒79号さんかぁ。ちょっと多くね? いいんですけど。

取り敢えず貸し出していたゼクシィのCDが返ってきてですね。

あのぉ、ウクレレ以外のとこにもセンセーの名前があるんですけど。
そりゃまあピアノとかハーモニカとかベースとか歌とかいろいろ演りますからね、このセンセー。松本ノボルさんには「りびけんはミュージシャンだけどウクレレ弾きじゃないからな」って言われとるし(笑)。おや? 話を総合すると、僕のウクレレにはあまり期待するなってことか。ダメじゃんそれ。

フルメタル・ジャケット(期間限定) ◆20%OFF! どうやら生徒さんがたが全員mixiにいるらしくて、ついでにこの日記も読んでいたりするらしい。よし、思いっきり悪口を書いてやるぞ(笑)。というか『がんばれ!ベアーズ』とか言うておられるので、きちんと『フルメタル・ジャケット』か『シルミド』をやる、とお伝えしてだな。そういえば今日の僕は悪者サングラスに無精髭(戦時下なんですよ)に黒ずくめだったから、多少の説得力はあっただろうか。

というわけでin Cの『てんとう虫のサンバ』で、
  1. 79号さんはどこかの宴会ついでに予習をしてこられたというので安心して、と。
  2. チューニングをちょっと診て、
  3. ローコードの発音を確認して、
  4. 合奏のテンポをちょいと診て、
  5. 構成をちょいと作り直して、
  6. 生徒さんの名前を覚えようかなと思ってやっぱり諦めて、
  7. ストロークをちょいと入れて、
  8. ウケ狙いのネタをちょいと入れて、
  9. 盛り上げかたを少し考えて、
といったところか。そうさの、76号さんが少し脳を使いすぎなのと、79号さんのテンポが滅茶走るあたりが今日のところの留意点だろうか。あとは、後半に向けて演奏が盛り上がるにつれて歌唱のほうがどんどんショボくなっていくのだが、これはまあ「馴れ」だろうなあ。それと、ウクレレが新品だものでまだチューニングが安定しないのだが、これは時間が解決してくれるでしょう。

なんとなくヒマだったもので30分ほどサービス延長して、サトミちゃんに頼まれていたフラのマット敷きを生徒さんがたに手伝っていただいて、本日終了。


ジルコンズ、左から最大、最悪、最高、最低 よく考えると、明日は14時くらいからHawaiian DreamZirconsのリハーサルがあるんだったな。まあマットにへたりこんでリハーサルするのもよかんべい。

総武線で代々木から東中野に出て、ちょっとモメてるらしい日本閣と三井不動産の高層マンションの工事現場など見物してから東中野ライフでお買い物、帰宅。

喧嘩。
駅前を歩いていたら、お兄ちゃんとおじさんがなにやら喧嘩を始めている。酔っぱらった勢いで仲裁に入ってみました。とりあえず掴み合いの間に入ってみて「やめましょうよ」って言ってみてだな。お兄さんの膝蹴りが僕の腰に入ったのは無視して、「なにがあったか知りませんけど、ここで殴り合いなんかしてもお互いに損なだけですよ」って言ってみてから少し間を押し広げてみて。

右の兄ちゃんに「お兄さんには僕を殴る理由がありませんね」って言ってみて。
左のおじさんに「お父さんにも僕を殴る理由はありませんね」って言ってみて。
そんなことを言われて俺を殴るやつはいないが、おじさんが「なんだよ、俺はお父さんかよ」というので「先輩」と言いなおしてみて(この二人称は、以前に大臣の近くで仕事をしていたときにSPのおじさんに教わった。たしかに便利だ)、と。

先に兄ちゃんのほうがふらりと向こうのほうへ行ってしまったもので、おじさんのほうと少し気の抜けるような世間話をしてみて、と。自慢じゃないがヨッパライの扱いなら馴れてるもんだから任せとけ。

もとより素面だったら近寄らないんだけどねえ。


『闘士』 そういえば「闘いつながり」で思い出したけど、ハヤカワSF文庫のフィリップ・ワイリー『闘士』(矢野徹訳)、読了。小学生時分に読んだことはある筈なんだけど(なんせ上梓は1930年)、山ん中で遊んでいるシーン以外はほぼ忘れてましたな。というか、初読時には劇中の戦争を太平洋戦争だと思い込んでいた節があるのだが、どうやら第一次大戦であったらしきことに20年ぶりに気づく。間抜けでした。

話自体は面白いのだけれども、なんだこのオチは。この後の『スーパーマン』とか『超人ハルク』とかの元ネタとなるのだろうとは思うのだが、こんなもん読まされたら超人連載ネタもやりたくなろうってもんだろう。

そうさの、最後の1章だけ読まずに「あとは想像する」というのが楽しい読み方だと思うぞ。

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