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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


大きな古時計(in F)。
生徒さんにお渡ししてある『大きな古時計』のソロ譜には、てっぺんの「ドーファミファソー」の後に小さなフェルマータが丸ガッコ付きで書いてある。僕としては「気が向いたらちょっと休もう」という程度の心算で書いたフェルマータで、ここまでを弾いただけだと『大きな古時計』なのかショパン『別れの曲』なのかが判らないんですね。ひょっとして100人に1人くらいは続きを聴いてずっこけないかなあ、程度の遊び心ではあります。

今日は某所事務所での仕事の合間の自主休憩でウクレレを弾いていて(なんでそんなところにウクレレがあるのだろう)、まず『大きな古時計』を弾いて、ついでに『別れの曲』を弾いて、また「ドーファーミファソー」を弾いてからふと気づいたら『釜山港へ帰れ』を弾いていました。なるほど、言われてみれば出だしは同じなんだな。



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傘とお仕事(4)。
僕はロックンローラーなので、カサは滅多にささない。世間で言う「小降り」くらいだったらあまり気にならないし、頭髪は短めなので目的地に到着すればすぐに乾くし。本降りの場合には「お出かけ取りやめ」という選択肢もあるしなあ。

今日も今日とて小雨のしょぼ降るなか、某所事務所に出かける。繰り返すが滅多にカサを持ち歩かないもので、たまに持ち歩いてもすぐ失くす。電車に乗って、扉脇の手すりのあたりにひょいとカサをひっかけて、秒殺でその存在を忘れるのはいつものことだ。今日は閑散とした東西線の車中で「いつもこうやってカサを失くすんだよな」などと考えつつ、目的の駅に到着したものだから手すりにひっかけてあったカサを忘れずに持って、某所事務所へ歩いていく途中で気がついた。あれ? 今日は俺、カサは持って出てないぞ。


昼前、土産にしたベロンチョのサンドイッチを事務所で食べて、喰い足りないものだからサンクスで、なんにしようかな。ベーコンたっぷりのペペロンチーノというのを買って帰って、レンジであっためて食べてみたら不味かった。いやあ、今日びここまで不味いものを喰わされるとは思いませんでしたよ、ちょっとびっくり。3分の1くらいはタバスコをぶっかけて食べて、そこで終了。だんだん吐き気など催してきたものだから、慌ててサンクスに戻って炭酸水など買い込んできてなんとか誤魔化す。

お仕事のほうは、わりと順調。というか、やっと「怠け魂」が少し抜け出しかかっているようで、腹具合が物騒な以外はそこそこに集中力もあって、いい感じでしたな。予定は1日押すようだが、明日にはだいたい終わるでしょう。先方には納期を木曜日と伝えてあるので、問題なし。

夕刻から近所のスーパーでちょいと買い物などしてきて、人さまの事務所の台所を勝手に使って晩飯など作る。ナメコと豆腐の味噌汁は赤だしで、メインは塩鯛の焼物、あとご飯に白州の釜あげでほぼ満足。

そのあと21時まで作業して、明日の目処が立ったところで本日終了。

キューポラのある街。
NHKに限らず民放でも、「ニュースに間違いは許されない」としてニュース番組での聴覚障害者向け字幕付与を避けてきたのは有名な話でしてな。これは馬鹿な話であって、「ニュースに字幕を付与する」ためにはなにもリアルタイムにアナウンサーの台詞を起こす必要はなくて、字幕用に別チームが原稿を起こせばなんの問題もない。まだ聴覚障害者関係に関わっていた(無駄な)時代にそんなことは言っていたのだが、アメリカの高岡も太田も判りゃしない、あいつらは馬鹿だからしょうがない(政府の委員会で聴聞されたのになんの実効も得られなかったのだから、なんの言い訳のしようもなかろう)。聴覚障害者が緊急時に情報を入手できるソースはテレビしかないのに、そういうことをメンテする根性はないんだろうな、あいつらには。

ついでに書いておくと、人命なんかどうでもいいんだよ、あいつら(アメリカの高岡と太田)は。類例の提示はこちら。読んだら楽しいと思いますよ、人命軽視の典型例ですから。


例証を挙げればきりもないのだが、たとえば塩爺発言の「正鵠を射ている」を「成功を得ている」と字幕付与した無教養なテレビ局はどこであったか。直近の間違いを訂正してアナウンサが頭を下げたことのないニュース番組があるのか。頭を下げて済むのならば、字幕についてもスカこいたら謝罪すりゃいいじゃん。連中は単にやりたくないだけなんだよ、字幕を。

「制作スケジュールの問題でトレンディ・ドラマに字幕は付与しがたい」と言っていた各局が、でも「アジア各国同時放送」という企画では吹替だの字幕だのを付与したのはこれも有名な話で、つまり、やりゃあできたのだけれどもなんらかの理由により聴覚障害者向け字幕はサボっていた、というのが正解なんだな。


さっき眺めていたNHK総合のニュースでは、『キューポラのある街』の「キューポラ」のアクセントが「ラ」にあった、ついては「NHKのアナウンサーもけっこうデタラメだなあ」というのをちょいと書きたかったのだが、思いの外に記述が長くなってしまった。でもさ、「cupola」のアクセントは「きゅ(乃至「く」)」に置かれるべきでしょうが。あの恥ずかしい「日本アカデミー賞」の授賞式でどっかの爺さんが受賞作を『幸福の黄色いハンケッチ』と発音していたのと同じ恥ずかしさを憶える(タイトルにあるのは日本語としての「ハンカチ」なんだよっ)。

なにが「間違いは許されない」だ、充分に赦されないくらいのスカタンを日常的に君たち即ち「ニュース報道者」はやっている。ことは聴覚障害者のいのちに関わるわけで、そんならさっさとやっとけ、という話ではある。俺は関係ないけどね。

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