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徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2020年1月13日:すってんころりん推理篇。
私はよく転ぶ。家庭内の平面でよく転ぶ。外出時にはまず転ばない、というか転んだことがない。
私はメガネくんだ。2年前から老眼鏡も導入したが、これがよく転ぶようになった時期と重なる。
家庭内では、デスク前ではメガネくん、寝床の読書タイムでは老眼鏡さんな私だ。デスク前から寝床までの距離にして十間弱が「転ぶゾーン」で、老眼鏡を導入してからこの十間の移動時は裸眼になった。あっ。

つまり、「裸眼で歩行行動をしていると転ぶ」という哺乳動物としてそれはどうなのよな状況であった可能性が、微なりとはいえ浮上してきた。
実験案1.つねに裸眼で行動して転ぶかどうか観察する←却下。
実験案2.家庭内でも常にメガネくんに変身したままでいる。

案2のほうを、本日の午後からさっそく開始した私だ。ここまで6時間、まだ転んではいない。


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速報:死にかけた(マジで)。
4日の土曜日の06:30くらいのことなのだが、自宅のトイレですってんころりん、便座と床と壁の間に尻と太股がガシっとはさまって、ぴくとも動けん。つまり、冬場のトイレの床で暖房もなしに、リアル雪隠詰。携帯電話などもっているわけもなく、「たーすけてー」くらいのことは美声で呼ばわってみるのだが、さすがに無理があるな。
09:00くらいにお隣のお嬢さんがたまたま、ほんとうにたまたまお正月だから帰宅してきてくれて、「たすけてくださーい」「消防呼んでくださーい」ってお願いして、09:30には消防隊が突入してトイレを完全に破壊して救出してくださいました。要するに自力脱出は無理だったってことだな。

要するに年3回くらいしかお会いしないレアもののお隣のお嬢さんがたまたま帰宅してくださなかったら、お昼までには自宅のトイレで凍死だよ凍死。葬式どうすんだろ、INAXの窯で焼くとかかな(やってません)。とりあえずは正月早々運がよかったということにしておこう。
2016年12月13日(火曜日): 胃カメラとかそんなの。
今日の大病院:

睡眠記録

今朝は早よから大病院で、まず血をちゅうちゅう抜かれてから肺の単純レントゲン、それからメーンエベントの上部内視鏡(胃カメラ)、それで問診といった感じ。

問診ではとりあえず「一か月半ほど禁酒していたのに肝臓の数値があまり改善されていない(今日のγ-GTPは89 IU/Lで、いちおう前回の半分)」とぶーたれてみたら、先生に「10年間かけてアルコールを5トン呑んでたひとが、たかが一か月間で20 kgくらい減らしただけで結果が出ると思うほうが図々しい」と言われてぐうの音も出ねえ。

血液検査ではCEA(腫瘍マーカー、要するに癌存在の可能性指標)が相変わらず高いので、先生はもう切り刻む勢いで癌巣を捜している。今日は胃カメラのついでに十二指腸にあったちょっと大きめのポリープをいちぶ切除されて、その生検の結果発表会は今月末になる。そいつが悪性新生物なら先生は納得する(喜びはしない)が俺は困るんだろうな。

今さらなんだが、迂闊な結果が出ちまう前に癌保険に加入しておいたほうがいいのかもしれないな。よほどのことでもなかりせば今さら俺の死因はたぶん癌なのだろうし、死ぬのは構わないけど痛いのは厭なので「切る」のと「入院」と「モルヒネじゃぶじゃぶ」だけ保障してくれればそれでいい(つまり先進医療とかに興味はない)。こういうのはどこに相談すればいいのだ。

ところで、大病院の内視鏡検査室のレイアウトが変わっていて、モニタが見えなくなってしまっていた。体内ライド観察は愉しみにしていたので、つまんなかった。次回は手鏡でも持参してみようか、あるいはストレージに録画できるかどうか問い合わせてみようか。やりすぎか。


今日の小叔母:

僕にはオバばっかり4人いて、長女(おっきいおばちゃん)と三女(芦屋在住)は元気で、次女(母)は死んじゃって、四女の叔母が腎癌から飛んだ脳腫瘍で寝たっきりになっている。大病院からそう遠くもない田端の病院にいるので、帰りがけにちょいと寄ってみる。先月から寝っぱなしで一言も発していなかったものが、先週なんぞの処置をしたらしくて昨日だか一昨日だかにはちょいと意識を取り戻したと聞いている。

今日はとくに意識もないようで、突っ付いたり耳元でギャグを飛ばしたりしてみたのだがとくに反応なし。とりあえずまあ「口をきいた」ということは微妙に快方にあるということなのだろうし、とりあえず喜んでおく。

2016年10月24日(月曜日):瓶詰の地獄。
静養中 昨日だったかにひさしぶりにブログを書いたが、さぼっているわけではないのだか、書くことがない。睡眠障害があるのでてきとうな時刻に目覚めて(朝だったり昼だったり夕刻だったりする)、3年間寝たきりだったもので運動を兼ねていちおう散歩はして、実家に寄って父のご機嫌をうかがって、生協でお買物をして晩御飯を設えて、朝食の準備もする。あとは服薬だな。毎日がそんなことの繰り返しでほんとうに書くことがないのだ。もう3か月間もピアノを弾いていないので、すでにミュージシャンでもないな。

さいわいにして病状はかなり快方に向かっているので、そろそろ復活は出来るとは思う。途端に斃れた沖縄の入院から、今月末でちょうど3年になる。 病気はあらかたやっつけたぜ。

2016年9月5日(月曜日)の大病院。
今日の大病院:

Maker's Mark 先々週の大病院受診時の血液検査結果があんまりにも面白かったもので、「これは本格的に酒をやめないと死ぬな」と思ってついに禁酒を決心したというか、晩酌をやめればとくに外で飲む機会もそんなにはないので禁晩酌を決意した私は、いよいよお別れということで「さようならお酒さんありがとうまつり」を個人開催した。せっかくなのでよい酒を買ってきたのだが、これが二次会だ三次会だ後夜祭だ追加公演だといろいろと長引いて、けっきょく2週間ずうっと酔いつぶれていた。しょうがねえな。

5日の月曜日には「さてどうなるかな」と思って再び血液検査に臨んだのだが、なんでか数値がよくなっている。γ-GTPは半分になっているし(とは言っても180 IU/Lだけど)、膵臓もよくなっている。尿酸値も減って、お医者さんに「ずいぶんよくなってますね」と言われて「えっ?」だって。

2016年8月25日と26日(木金曜日): ありがとうお酒さんさようならの会(個人開催)。
Maker's Mark もともとどこに出しても恥ずかしくないアル中(飲酒量からすれば、という意味でだが(この時点で言い訳めいているのだが))である私は、しかしγ-GTPは500 IU/L(ほぼ死にそう)から40(健康体)の間を行ったり来たりしていて、これはひょっとして酒と健康に因果関係はないのではないかとも思っていた。いまでも半ばはそう考えている。2013年初冬の重症急性膵炎罹患以降も、2年間は「酒は飲んでるけど膵臓はふつう」に持っていく闘いだった。そこはいちおう勝利したので(最後に膵臓が痛んだのが2015年3月15日)、あとはいちおう酒は控えめにしている。ついでだけれども2015年7月に11日間ほど入院しているがこれは脂肪肝で、これは演奏会に向けてちょいと体重を増やしたことが原因だ。人体けっこう面白いね。 さて、23日(火曜日)の大病院診療結果を受けて、というかこんどは胆嚢だか胆管の調子がよろしくないらしくて、お医者さんに「最悪の場合は胆管ステント」と脅されたので、腹を開くのも厭なのでかなり本格的に酒を避けようかなという気の迷いが生じた。
というわけで、25日の木曜日に、ほぼ15年ぶりにMaker's Markを買い込んできて「さようならお酒さんの会」を個人開催してみた。

あと3割のMaker's Mark アルコール45°の750 ccならいちにちで空くかと思ったら500 ccどまりだったもので、翌金曜日に延長戦も開催。

今日のあといろいろ:

おしり 酒でも飲んでないと、することがない。

2016年8月23日(火曜日): γ-GTP、300 IU/L。
今日の大病院:

睡眠記録 血液検査結果

今日も朝から大病院で血をちゅうちゅう抜かれて、ほぼ90分待ちで問診へ。

全般には、あまり自慢できるところはないなあ。γ-GTPが306 IU/Lってのはまあ冗談として、肝臓か胆道が怪しいということで2週間後のエコー検査が決まった。今回は膵頭ではなくて胆道を見たいんじゃないかな。うっかりするとステント留置かよ、それは避けたいなあ。年がら年じゅう血は流しているけれども、まだ腹を切ったことはないのだ。あとはCEAが18.1 ng/mlの高値で、基準値の4倍弱ということは癌の可能性もないではない。そこもまずはエコーで見ようということなのだろうな。

いいほうの話だと、けっこう高値だった中性脂肪はいちおう標準値内まで戻ってきた。尿酸もいちおう基準値内におさまったね。
あとは、摂取アルコール量を記録しておくようにとのお達しが出てしまったので、Excelの表に1列足しといた。


今日の落合:

新宿区中井界隈 クロックス 僕の住まう棟割長屋は中井の河岸段丘の底にあって、10年くらい前までなら颱風増水で床下浸水くらいはあったようだが、おかげさまにてお家賃はお手軽だな。今回は颱風が三つ来るというので怯えていたのだが、今のところ大丈夫なようだ。

落合公園の石垣脇に子供用クロックスがかたっぽだけ落っこちているのを見つけたのは日曜日で、なるべく目立つところにひょいと載せておいた(檸檬か)。火曜日現在、回収された様子はない。なるべく落とし主が見つけてくれるといいのだが。


今日の明日:

おしり 静養日。

2016年7月23日(土曜日)から8月12日(金曜日)まで: 肋骨大作戦。
今日の肋骨:

骨 まとめると7月23日(3週間前)にお台所でちょいとよろけた先にたまたま箪笥の角があって右第十三肋骨を折って、間歇的に痛みが出ておる。なにしろブツが肋骨だものだから、存置療法しかない。要するに押さえてじっとしてるだけ。

土曜日の男声合唱『甍』演奏会のお手伝いとか譜めくりとかも頼まれたりしたのだが、まんがいちがあるとよろしくないのでお断りさせていただいてしまった。


ヒマなのでコルセット様のものは作ってみる。
仮テーピング 晒 コルセット

骨盤ベルト いちばん左は初期のもので、キッチンペーパーをガムテープで巻いて、ビニールテープでぐるぐるしてみた。
そのあとおばあちゃんの晒が出てきたもので、ぐるぐる巻いてみる。
最終的にはコンビニで500円だった痩身運動用コルセットを巻いてみて、こんなものでいいかなとは思っている。

ざっくり、

土:ぶっつけて右第十番肋骨を折る
日:ほっとく
月:整形外科受診
火:ほっとく
水:痛い
木:痛い
金:痛い
土:小康
日:小康
月:小康
火:小康
水:小康
木:小康
金:クシャミしたらズレらしくて痛い
土:痛い
日:痛い
月:小康
火:小康
水:小康
木:整形外科再診、「ほっとくしかないねえ」との由
金:小康

というわけで3週間にわたって寝ている。痛くなくてもピクとも動かない。
まあ8月はおじゃん、ってことだな。


今日の明日:

甍 17:00くらいから恒例夏の男声合唱『甍』演奏会が杉並公会堂で開催される。
とうぜん僕は傷病欠場するわけだが、たぶん受付あたりで受付のお姐ちゃんをいじって遊んでいると思う。
来られるひとはご連絡ください、裏口から入れたげる。

2016年7月28日(木曜日): 肋骨痛ぇ。
今日の肋骨:

レントゲン線記念撮影 土曜日の夜に折っかいた右第十番肋骨の痛みは徐々に増悪して、月曜日の整形外科受診時点ではそうでもなかったのだけれども、火曜日の就眠時、水曜日の就眠時、木曜日の朝にもロキソニンを服用。まあなんとか誤魔化してというわけだけれども、あまり痛み止めも飲みたくはないしなあ。

テーピング売場 肋骨 対策といっても、こうなったら大病院に入院して麻酔注射でもぶち込むくらいしか思いつかない。ふと思いついて近所の病院のテーピング売場に寄ってみたのだけれども、第十番肋骨の対応が「腰」なのか「胸」なのかが判らない。ちなみに写真のバッテンは以前に折った第七番なので、あと3本ほど下になる。下から数えても3本目だね。

落合中井鍼灸院整骨院チラシ これはいったん帰宅して市場調査だなと思って山手通りを歩いていたら、先々週くらいに開業した鍼灸整骨院のロゴが「肋骨と胸骨」であることに気がついたので、念のために寄ってみた。元は動物病院で飼い犬の二郎さんの予防注射に寄ってみたこともあるのだが、まさか動物病院が人間用に商売替えしたわけでもあるまいし。

それでけっきょく晒を巻いていただいて、出入り前のヤクザみたいになって帰宅。まあ多少は楽といったところだが、しかたあるまい。


今日の明日:

おしり 食欲もないのでしかたがないから流動食でも摂って、今日も24:00くらいには眠剤とロキソニンと胃薬でも服用して寝てしまう感じか。

明日も基本的には寝っころがってテレビか読書といったところか。お手軽な調査によると10日目くらいには痛みもおさまる、ことが多いらしいので、ということは来週の火曜日くらいまではこのまんまか。しょうがねえな、おい。

2016年7月20日から27日(水木金土日月火水曜日): 肋骨をパキっとな。

今日の肋骨:

肋骨 土曜日の夜にお台所で転んで、どうやら右十番肋骨のちょっと奥のほうを折ったらしい。

土曜日はそのまま寝て、日曜日に増悪して、月曜日にいつもの調剤薬局のオータケさんに整形外科を紹介して(というか教えて)いただいて行ってみる。素人考えで「八番か九番」と言ってみたら十番だったので、まあまあってところか。レントゲン記念撮影ではちゃんと折れていて、でもまあ肋骨だからどうしょもないし、しょうがないね。


月曜日火曜日と徐々に痛くなっていくので、火曜日にお医者さんに電話してロキソニン(鎮痛剤)の使用許可をいただく。薬箱を覗いたらロキソニンが30錠ほどもあるのだが、どんだけ痛い目に遭ってるんだよ俺、あはははは。月曜日の睡眠時間が12時間もあったというのは、要するに寝返りをうつたびに目を覚ましていたということだよな、どうしょもねえ。

いちおう日昼のロキソニン服用は、どうせ治ったような気になっちまって無茶をしそうなのでやめといて、寝る前にロキソニンと眠剤の併せ技で、という方針にしている。


今日の明日:

おしり とうぜんながら静養日。

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