徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


メモ(ホワイトバンドの話)。
そのうちまとめますが、「現状でこんな感じで考えているのでした」というのをざっくり。

みなさん、ありがとう。


1. 「ホワイトバンド詐欺」まで言うのは間違いだと思う。
1-1. 「募金ではない」については、金額の僅少さから見て、ただの思い込みからの誤解。
1-2. 収支報告や広報の齟齬については、日本の福祉系がもともと無能なのは自明。
1-3. ボランティア活動に従事する人にも生活があるし給与も発生する。なぜ「無償性」を要求するのか。

2. ホワイトバンドを装用しているのはダサいと思う。
2-1. 人さまの手首にホワイトバンドを見つけて、その「魂胆」まで類推するのは失礼だと思う。
2-2. 実効についてちょっとでも調べれば、意外とナサケナイことはすぐに判る。
2-3. 装用することが問題意識の表明である以上、それは自己の「無力さ」の表明に他ならない。

3. それでもホワイトバンドは装用すべきだと思う。
3-1. ホワイトバンド以外に、具体的に啓発活動を行っている事業が見当たらない。
3-2. 例の「ほっとけない」について、他に僕たちにできることがあるのか。
3-3. とりあえず300万本を売ったという事実は利用すべきだろう。
浅く考えて、こんなところかなあ。

僕blogのコメント欄で紹介していただいたWhere Angels Fear To Send Trackbacksさんの当該記事(とその追記)はしごく真っ当なもので、

だから、先進国のNGOは国際金融の知識を身につけ、第三世界の伝統について理解し、援助が適切に行われているか監視するためにこそキャンペーンのお金は使われるべきであり、もしパン工場で済むのであれば「これまでの募金とちっとも違わない」のです。
とかあといろいろについても首肯するにヤブサカではないのだが、同時に「他に無いんだからしょうがないじゃん」くらいのことも言わせていただいてひっかきまわしてみようかな、という僕もいるんです、ごめんなさい。

社会問題化した(と言っていいと思う)ホワイトバンドによって、少なくとも問題意識の共有ができ始めたような気はするんですね。だったらホワイトバンドを装用して煽ろうよ。

  • ボランティアという言葉の意味とか(基本的には「I will」だと考えています)、
  • 救援される側もする側も人間なのになんでそこに気づかないんだとか、
  • 日本の福祉の貧乏くささ(日本だけじゃないと思うけど、とりあえずオーストリアやアメリカと比較するとけっこう貧しいくらいのことは判る)とか、
  • ホワイトバンドがスカなんだったら、じゃあどうすりゃいいんだとか、
面白い話の「ネタ」になりそうな要素はいくらでもある。


スポンサーサイト
ホワイトバンドで、他人に言われて納得した話。
以下は、この話題に関して僕のウクレレ弟子筋のLeoneさんが某所(ってmixiだけど)の日記に書き込まれたものです。

僕と同じような違うような論点ではあるのですがやたらと面白かったし、SNSにとどまるのも惜しかろうと思いましたもので、全文転載させていただきます。ありがとね。


ここから(↓)。
Sub:<ホワイトバンド>趣旨説明不足で購入者から批判

という記事が今日のヤフーに出ていたので。( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051024-00000025-mai-soci )
要はこの製品の売り上げが直接貧しい国の人たちに届くわけじゃないって事がちゃんと説明されていなかったというのでクレームが出てる。

そもそもホワイトバンド運動というのは、「自分はアフリカの貧困をどうにかしなきゃと思っているよ」、という意思表示の為に白いものを腕に巻きましょうや、という話だったと私は理解している。商品としてのホワイトバンドが出る前からこの運動はあった、と思う。

だから白ければ紐でも包帯でもハンカチでも良い。
むしろそっちがオフィシャルだろう。
でも私にとって紐や包帯を「みっともなくない」風に巻くのは至難の業なので、ホワイトバンドが売られているのを知った時は喜んだ。それでも購入には一ヶ月悩んだが。

悩んだのは「やっぱこれって偽善だよな」というのがあるからで、その意識は今でも変わらない。慈善と偽善は双子の兄弟なので、その事に問題はない。

私がホワイトバンドをしているのは、それが募金になっていない点を評価しているからだ。
お金よりも意思を供出することに力点が置かれている部分を買ったのだ。
買ったところで何にもならない。だからそこで満足したり安心したりしていられない。そこがいい。
募金活動じゃなければ意味が無いと言うなら、只の紙や布を手首に巻いてホワイトバンド運動に参加している人たちの意思をどうやって尊重すると言うのか。
逆に言えば、タダで済むものに適当な価値を上乗せして販売して、よしんばそれでボロ儲けする奴が居たとして何だと言うのか。そういう世の中じゃないか。そこんとこが結構ダイレクトに世界の貧しさと自分の生活との矛盾に繋がってんじゃないか。

私は LIVE 8 についても賛意と反意が半々だ。
ホワイトバンドの CM に出演してる有名人たちに対しても、愛憎相半ばするような(そこまでじゃないけど)感情を抱いている。
要するに、気に入ってるけど、気に入らない。

そんなムズムズザワザワするような振幅を感じさせてくれるアイテムを、身に着けない手はないじゃないか。
貧しさって嫌だよね、なんて事をワザワザ主張しながら表を歩かなきゃいけないのは世知辛い気がするが、ハッキリ言っとかないと分かんねえのかな、ってのも先の総選挙で思ったしね。
(選挙で思い出したけどこのホワイトバンド、ウチの選挙区では石原の息子本人と共産党候補のスタッフが着けてた。この振り幅。)


参考リンク:
ほっとけない 世界のまずしさ ( http://www.hottokenai.jp/ )
ホワイトバンドの問題点 ( http://whiteband.sakura.ne.jp/index.php?FrontPage )
ほっとけない 日本の汚さ ( http://www.geocities.jp/red_band_campaign/ )

(他にも色んなカラーバンドがある)
ネットで少しだけ世界のためにできること ( http://ribonband.seesaa.net/ ) カラーバンドの意味・解説 ( http://ribonband.seesaa.net/category/764191.html )

(ブラックバンドはコレ位?)
I Did Not Vote 4 Bush ( http://www.ididnotvote4bush.com/pages/1/index.htm )


ここまで(↑)。
僕の意見については、こちらに記録がありますのでよろしければご覧ください(また書きますけど)。

たとえば「ホワイトバンド詐欺」という言葉があるのだけれども、それならホワイトバンドが300万本売れて3億円できたとして、それを現地に寄付してどうにかなるのかちくっと考えろい、ライブエイドは300億円寄付して焼け石に水だったぞ、といったようなことを僕は思っているのでした。「一過性の現金供与ではしょうがない」というのが常識なのでしょう、現場(今回で言えばホワイトバンドの運営側)はそれを常識として知悉しているからこそ説明できなかった(その説明こそが必要であることが理解できなかった)し、もっと言っちゃえば基本的に福祉の現場関係者に社会性がないのはあたりまえじゃないですか。

これまでもずうっと疎外され続けてきたのだから。
なんの将来性もない世界でちまちまとやってきたのだから(日本では、ね)。

週末の落穂拾い。
ほっとけない 世界のまずしさ 土曜日のてっちゃんの出版記念パーティでは、ホワイトバンドを装用している人が僕を含めて3人いらっしゃいましたな。割合にすると15%ってとこかしらん。街中でもたまに見かけるようになってきたいて、ここ半月で10本ほどってとこか(「レッドバンド」も1本見た)。けど、やっぱり世間さまが言うほど「ファッション」っていう感じでもないよなあ。やっぱり「ダサいのは判ってるけどしょうがなく」って感じだと思うんだけど、気のせいあるいは考えすぎなのだろうか。

とりあえず「ホワイトバンド詐欺」まで言うのはたぶん言い過ぎだよな、300円くらいで地球レベルの貧困がどうにかなる(資本として、あるいはグローバルに動き始める)と思うほうがまぬけでしょう。誰でもお手軽に始められることこそが大事で、それはせいぜい意志表示くらいのことであって、実効はそのあとについてくるものだろうに、と嘗てNIFTYの障害者フォーラムでスタッフをやりながら「できることから始めようよ」とばかり言っていた俺は思うのであった。福祉関係ってば本筋と関係ない余計なことがややこしすぎてよく判んね。もういい。


究極のウクレレ・ソロ~ジャカソロ(CD付) ISBN4-8136-0298-3 その宴会では、なにやらステージでのソロで緊張していたらしき生徒さんに意見を聞かれた俺がだな、「あんまり自分に期待しないほうがいいですよ」って言ってあげたらしい。我ながらまあその、言ってることは間違ってはいないし正しいのだが、他に言い方はねえのか。

シャツ。 東中野ギンザ通りにさいきんできた古着屋‥‥古着ばかりじゃないって店員さんが言ってたなあ、なにやらアウトレットのお店で、ついうっかりアロハとTシャツなど購入。そんな身分じゃないんだけどなあ、バカだ俺は。

アロハのほうは、折り紙を切り貼りしたような柄の木綿のもので、ちょっと気に入っちゃったんだな。ついでに買ったチェ・ゲバラのTシャツって、いつ着るんだよそれ。いまさら革命でもなかろうに、ってところでふと気づいたのだが、T.M.Revolutionのライブに着ていけばいいのか(←絵に描いた大間違い)。2着でつごう3,800円でした、大散財。


国政調査、来る。ざっくり住居の延床面積が200平米、先週働いたのが3時間くらいに書いておいたのだが、今回は「年収」の欄とかないのね。たしか以前に年収5億円とか書いて提出したような記憶があるのだが、つまらんなあ。

それで記入しながら知ったのだが、俺って長屋住まいなんだと思っていたら、実は「テラスハウス」ってのに住んでいたんですね。少し裕福になったような気がする。

ホワイトバンド。
ホワイトバンド。 少し目に余るので書いておくが、ホワイトバンドのことを「イカリング」と呼ぶのは間違いなんだよ。ネット各地で見かけるものだからひとことしておく。

一般に「イカリング」と言えば揚げ物のことを指すのが証左のイチである。ほら、生で白いまんまのイカの輪切りを食卓に供されたり供したりしたことのある人、手を挙げて。ほらいない。あるいはホワイトバンドを眺めて「イカっぽいな」と思って「イカリング」って言っちゃった人、じつは庄屋だの和民だので「イカのリング揚げ」って見たことあるでしょう? はい、ないひとは手を挙げて。え? なに食べてんの?

イカの胴体というのは(リングの話なのでゲソは相手にしない)呼吸筋つまり筋肉のカタマリなのであって、細胞の連なりは「横方向」に向かっている。白いまま、つまり生のままでいただくのならば、その筋を分断してやるのがスジというもので、したがってたとえば「いかそうめん」は「縦方向に切り刻んだもの」ということになる。

加熱調理する場合にのみ「輪切り」が登場するのは、煮物でも焼き物でも揚げ物でも皆さんがご承知の通りです(この場合には、歯ごたえを出すために輪切りにする)。次世代に向けて「イカは生食でも輪切り」などといった誤解を残さないよう、禍根のなきよう、気をつけていただきたい。


俺? 最初から「イカリング(生)」って書いてるからね。これは加工前の、ワタを抜いて下ごしらえをしたあたりのことを描写しているのであながち間違いとは言えないのだ。
下北沢シゲト見物。
ネクタイ。

弟が海外旅行から帰ってきて、僕にも土産があるというのでちょいと実家まで受け取りに行ってみる。どこに行ってきたの? クロアチア。お土産は? ネクタイ。へえ、ネクタイ発祥の地ってクロアチアなんだ。ふむ、ありがとう。

父の知り合いが3人ほど遊びにいらしていて、なんでか母と麻雀を打っている。母が大三元をあがり損なっていた、残念なことだ。


驟雨。

帰り道の目白学園前の六の坂あたりで、北の空から雷鳴が轟いてきた。これは夕立になるなと思ってちょっと急ぎ足で坂を下りきったあたりで振り返ってみたら、坂のてっぺんまで夕立が来ていた。いやほんとに、ざんざん降りの雨がこっちに向かって進んでくるんだよ。いかい挑戦に対して滅多に逃げることのない私と雖も、さすがに大自然の脅威にはかないませんからね、こいつぁ逃げるに如くはねえ。でも家まで100メートルくらいのところで惜しくも大雨につかまって、コインランドリーに逃げ込んで、と。

けっきょくあきらめて、Tシャツを脱いでネクタイのパッケージを包み込んで、上半身は裸でご町内大サービス状態で家までずぶ濡れになりながら帰る。帰りがけのガレージに老夫婦が降り込められているのを見かけたものだから、帰宅後にヤケクソで戻って、傘を進呈しておきました。いや、俺は風呂にでも入れば済む話だが、あちらさんはうっかりすると死んじゃうからねえ、しょうがないねえ。

夕立というのは意外とのんびりと進むものだし、時としてかなりデジタルに「降ってる」ところと「まだ降ってない」ところは峻別できる。中学生くらいのときに栃木県の古峰原あたりの山間をサイクリングしていて、後方から追い立ててくる夕立から逃げきった経験はあるなあ。頑張れば50~60km/hくらいの速度は楽勝で出せた筈だから、あのときの夕立の速度もそんなもんだったんだろうなあ。


シゲト。

高橋シゲトくんのライブDVDとライブVCDが焼けたもので、そういえば今日のシゲトは下北沢ビッグマウスでライブだったなあと思って、どうせヒマだったし行ってみました。実は即席で作ったレーベルの「下北沢」が「Shimokitatawa」になっていたりして可愛らしい、なんていう話はシゲトには内緒だ。
そういえばシゲトの演奏にちょっと興味を示していた生徒さんがいたなと思って誘ってみたのだが、今日はおばあちゃんと花火見物なのでこられないのだそうで。シゲトとしては花火大会に負けるのとおばあちゃんに負けるのと、どちらが幸福なのだろうか。どうでもいいか。どうでもいいですね。

ホワイトバンド。 家を出ようとしたところで、自分が腕にホワイトバンドを巻いて、そして白いシャツを着ていることにふと気づいた。いかい俺がそんなに格好にも気を遣わないし人の詮索をいっさい気にせず言い訳なんかしたこともない恥知らずだといっても、さすがにこの格好で外出する気にはならねぇなあ。意外なところで弱い。意地でシャツのほうを着替えて、と。

ライブのほうは、出演陣についてはビッグマウスさんのスケジュールでも参照していただくとして、ウクレレありのギターありの、ギターがまたものすごく上手かったりメロディアスだったり指で弾いていたり余裕たっぷりだったり、いろいろあって楽しゅうございました。音響も申しぶんないし気遣いもされていて、照明さんも遊んでるんだかなんだかいろいろいじっているし、なによりスタッフさんたち自身がライブを楽しんでいるのが好ましい。惜しむらくは、人づてに「予算は3,000円くらい」と聞いていたのに5,000円くらい取られたことかな。まあ生ビール4杯に焼酎2杯も飲めばあたりまえだが。


    追記:
    弱いついでに書いておくと、そういえば、僕がゴロワーズをくゆらせている目の前でですね、かまやつひろし『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』を演奏した人がいらっしゃいましてですね。カウンターに置いておいたゴロワーズのパッケージをこっそりポケットに戻しました。

    ちなみに歌詞からは「横からあける」ような時代遅れの部分は削除されていたようですな。なんで知っているかというと、小学生のころにエレクトーンの発表会で『我が良き友よ』を演ったことがあって、カップリングがこの曲だったのよ。
    なんで『我が良き友よ』だったのかというと、子ども心に「このかまやつという人には友だちがたくさんいていいなあ」なんて思っていたわけだったのね、寂しかった俺。いまもたいしてかわらんが。


新宿経由で東中野ライフで晩御飯のお買い物などして、帰宅途上でまた雨がしょぼ降り出して。かまわねえから歩いていたら本降りになってきちゃって、家に着くころにはまたずぶ濡れですよ、まいったね。
今日のイチャモン。
映画『2000人の狂人』(現行題:『マニアック2000』)。

改題については、メラニー・グリフィスの『チェリー2000』が西暦2000年を迎えて『ラブ・アンドロイド・チェリー』に改題された、のとは関係なくて「狂人」という表記がマズいなと思った人が改めたんだろうなあ。でもせめて『2000マニアックス』だと思うぞ。
関係ないけど、ディズニー版の『ノートルダムの傴僂男』が『ノートルダムの鐘』とかになっていたのはまあディズニーだからあきらめるとして、最近リリースされたロン・チャニー版まで『ノートルダムの男』とかになっているのは納得いかないなあ。ハンチバックはどっからどう読んでもハンチバックでしょう。パゾリーニの『The Hunchback』とか、どうするんだろうか。

さらにまったく関係なく、『2000人の狂人』の映画評をネットで漁るとあっちこっちに「陽気なカントリーのBGM」って書いてあるけど、あれはバンジョーがアルペジオだものだから、ジャンルとしてはカントリーではなくてブルーグラスです。


イカリング(生)。

ホワイトバンド。 これもネットのあちこちを眺めていて思ったのだが、ホワイトバンドの目的は「金銭」ではなく「主張の発露」です。2本セットになっているのもそのためだし、「買って装用しない人」よりは「ツレに貰って仕方なく腕に嵌めてる」人のほうが事業の目的には叶っている(左手首に2本まとめて付けていた吉田美和は偉い、んだろうなあ)。こんなもん、日本国内で100万本売れたってせいぜい収益1億円でしょう? 無駄とは言わんが、焼け石に水と言っちゃっても非難はされまい。
G8は終わっちゃったし、派手な花火をぶちあげた割にはショボく収束しそうな気配もなくはないが、とりあえず毒食らわばってことで付き合ってはおく。

ぜんぜん関係ないんだけど、コアなゴスファンがビョーク目当てで『ライブ8』に行って、ぜんぜん知らなかったDreams Come Trueのボーカルに圧倒されて帰ってきたという話があって。ゴスが云々という話題ではなくて、音楽はいいなあというお話でした(たぶん彼らはブームタウン・ラッツも知らないのだろうが、問題ありません)。

そういえば、ホワイトバンドのフランス版ってデザインが違うのね。なんか理由があるのかしら、どうでもいいけど。


そのホワイトバンドについて、「あんたは他人の貧困を救っている場合か」という意見もあった。ほっとけ、ニートだろうがヒッキーだろうが、なんとなくビールくらいは飲めている時点で「メシが喰えねえ」とか「水が飲めねえ」とか「子どもすぐ死んじゃう」ような貧困とは次元が違うぜ(威張っているわけではない)、先述したようにイカリング(生)なら資本もいらねえしな。

いや、私自身の貧困についてもなんとかしたいことはしたいのだが。


『オペラ座の怪人』。

元締が劇団四季を観にいくというもので(ちょっと羨ましい)、じゃあ予備知識蓄積用としてビデオのデ・パルマ『ファントム・オブ・パラダイス』を貸してあげましょうと言ってみたら言下に断られた。なんでだろう。ロック・オペラつながりで『ロッキー・ホラー・ショー』もおまけで付けましょう、と言ったのがマズかったのかなあ。『ロッキー』は措いといても、『ファントム・オブ・パラダイス』は大傑作なのに。


選挙。

こんなもん、投票に行かなきゃいかんのか?

私は、「この郵政民営化よりももっと大事なことがある。」と言う人がた くさんいることも知っています。しかし、この郵政事業を民営化できないで どんな大改革ができるというんでしょうか。私は、前々からこう言っている んです。「行財政改革をせよといいながら郵政民営化に反対することは、 『手足をしばって泳げ』と言うようなものだ。」と。
小泉MLよりの引用です。正論ではあるが、本筋とまったく関係ない「反論」らしきものを自分で持ち出して潰している時点で、逆ギレでもあろう(郵政民営化は行財政改革という枠内ではやはり異端だと思う。僕は反対はしていないのだが)。逆ギレした人はたいがい正論を言うものだしな(とことんバカでない限りは、理論武装くらいするもんだろう)。だいたいよ、「郵政民営化よりももっと大事なことがある」じゃなくて「郵政民営化には無理がある」というのが主流派の反論だろうによ)。
約400年前、ガリレオ・ガリレイは、天動説の中で地球は動くという地 動説を発表して、有罪判決を受けました。そのとき、ガリレオは、「それで も地球は動く。」と言ったそうです。
同所より引用。よく知られた権威(この場合はガリレオ)を引き合いに出すのも、逆ギレの典型的な例でしょうな。このフレーズは「そ れでも郵政民営化は必要だ」というところに繋がるのだが、「確信はあるが自信はな」かった当時のガリレオを引き合いに出してどうする、という気もするのだが。

それでさ。

  1. けっきょく参院の面子は変わらんのだから、次期の衆院を通ったとしても結果は変わらんのではないのか。
  2. 郵政法案について民意を問うための選挙だと言うのなら、「反対票を投じた自民党候補」について公認なりをしないのはいいとしても、イヤガラセで対立候補を立てたりするのはおかしいと思う。
  3. つうか、「気に入らないと切るだけ」ってあたりで、小泉と尊師がずいぶん重なるなあ。半端に周辺を気にするあたり(靖国とかな)も似ているし。
「頑な」が褒め言葉でなくなってから、どれくらい経つのだろうか。

例の「つくる会」の教科書でも、街頭署名を募っていた反対派のフライヤーを貰ってみたらなんでか共産党と内部抗争していたりなんかしてな。こまけぇこと言うなよ、大同団結できんのかとはいつも思うのだがなんとかならんのか。

『でたぜん』の俺? デカいことしか言ってねえよ、細かいところを突いたらあっという間に論破できちゃって可哀相じゃねえか。それでちまちましたことに拘泥してバカを言ってるのが全難聴と全要研で、いまだに正面切って反論もできねえでやんの(周辺からイヤガラセはしてくる)、ほんとバカだね。


はなわ。

ベース漫談の人だという認識が一般的なのだろうが、なんかの拍子で聴いたバンドでのプレイはきちんとしたものでした。
生徒さんで、

>>だってルートと5度ばっかりじゃないですか。
って言ってプレイをクサしていた人がいたのだが、弾き語りでそんなに難しいフレーズを弾ける人はいませんよ。これはギターでもウクレレでもピアノでもドラムスでも一緒で、ルーチンのバリエーションの抽斗の数がフレーズの数になる。

あの人のベース、上手いよ。ちゃんと聴こうよ。

ホワイトバンド。
ホワイトバンド。 注文しておいたホワイトバンドが届いたもので、とりあえず右手首に巻いておく。ほんとは慈善事業なんか好かんのだけれども、これだけの人を巻き込んでおいて(『ライブ8』でボノが巻いていたのには驚いた)、まさかにパチということもあるまいし。「2本セット販売」というのも、つまり「お友だちに1本わけてね」ということなのだろうが、いい戦略だとも思うし。『ライブエイド』や『ライブ8』や『We are the World』にしたっていろいろ言われてはいるが、偽善だって善のうちだろうという考え方もあるわけだし。あー言い訳がましい。
Hawaiian Dreamのサトミちゃんから問い合わせ電話があって、なんかパソコンの画面が急にヘンになって「ディスプレイドライバがどうした」とかいうメッセージが出るのだそうな。そういうときは再起動だね、あとで様子をみてあげましょう。
中野の元締から問い合わせ電話があって、T.M.Revolution西川貴教がステージで「オジー」「オジー」と言っていたらしいのだがそれは誰だ、と。ロック界でオジーと言ったらオジー・オズボーンに決まってんじゃんかよ、キースがムーンではなくミックがテイラーではないように。と思ったけど丁寧に教えておいてあげました。

さて、センセー行ってくっか。

footcopy