徒然草むしり
嘘を! もっと嘘を!


2015年5月24日(日曜日): ensemble PMS公演と25日のぐったり。
今日のensemble PMS:

毎回かわるご尊影 ensemble PMS May 24 ensemble PMSの「PMS」は「Paean to the Memories of Sekiya」の略で、和訳すれば「関屋晋記念合唱団」とでもなろうか。僕は高校3年で同級生に騙されて入団しちゃった合唱団の指導が関屋晋先生で、当時まだそんなには偉くなかったのかな? 関屋先生が男子高校ごときの練習に毎週来てくださっていて、音楽好きではあったし譜面くらいはそこそこ読めたがクラシカルとはほぼ縁のなかった僕としては、幸運な出会いであったと言ってもよかろう。そのあとあんなことやこんなことがあったのは略して、そのensemble PMSさんとは単独公演ならば僕は皆勤賞で、JTホールだのサントリーホールだのでステージマネージャを拝命したりタンバリンだの縦笛だのを吹いたり音取りピアノを弾いたりもしてきた。今回は関屋先生追悼の男声合唱ステージを清水昭師父が振られるということで、たぶん「どうせその場にいるんだから歌えば?」って感じで歌唱の機会を頂戴したわけね。

熱心な練習風景 クラシカルの合唱というと、最後はたぶん2011年の「甍」演奏会 at 東京文化会館か、2012年の丸紅本社合唱団の文化祭公演といったところか。2011年の三善晃『路標のうた』『だれもの探検』『遊星ひとつ』という「おまえは運動会か」みたいなところまでは元気だったのだが、2012年に入ってからひそやかに急性膵炎が進行していたようで、丸紅本社合唱団の演奏会ではちょっとへこたれたりもしていた。つまり今回は5年ぶりの復活戦で、演奏会前には酒もやめて体重も10 kgほど増やして本番に臨んだわけだが、どうだったかな。そりゃまあ大先輩がうじゃうじゃいるので、俺ごときが多少頑張っても屁のつっぱりにもならないわけで、という考え方を私は軽蔑する。15人いたら15人それぞれが歌うのが合唱というものだ。とはいうものの、マツイさんの隣とかオニイチャンの隣とかで歌うと勉強になるなあ。

オペラシティの演奏会自体は大盛況で、キャパシティ285くらいのところに320名さまくらいもお客さまがいらしちゃったんじゃないかな。けっきょくロビーのモニタで鑑賞していただくお客さまが40名ほども発生してしまって、たいへん申し訳ないことだった。僕はというとウチアゲで久しぶりに芋焼酎などいただいて、帰宅して目覚めたら肋骨が折れていて、右耳のうしろから大出血しておった。しょうがねえな、ほんとにまったく。



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2012年1月21日(土曜日): 苦沙弥をしても一人。
今日の『追跡者』:

DVD『追跡者』 DVD『アイアンマン』 DVD『ゴジラ』(エメ版) レンタル落ちDVDで『追跡者』など眺める。外交保安局の若造はマシュー・ブロデリックあたりだと思っていたら、ロバート・ダウニーJr.だったのね。2008年の『アイアンマン』までの10年間にどんだけ苦労して老け込んだんだろう、ボブ。


今日のMusical Works:

おにのぱんつはいいぱんつ ちゃとの依頼でT. M. Revolution『魔弾』とAbingdon Boys School『少年』の譜面を書いてほしいとやら。魔弾は大好きなのでたぶん楽勝だが、少年って知らない。まあなんとかなるべい。


Twitterのほうではリョウちゃんが『フニクリ・フニクラ』の譜割りがよく判んないとか言っていて、あれは基本四拍子なのの一拍目がちょいと伸びているだけなので解説してみました。ストレッチを鹿十して四拍子で書いてみるとこんな感じ。
おにのぱんつはいいぱんつ たしかに判りづらい。
ストレッチをきちんと書いてみるとこんな感じ。

そして生徒さん筋から速攻でツッコミが入って「5+5+4+4」疑惑浮上。


今日のオヤジ(関屋晋): あるいは合唱団話など。

松原混声合唱団第20回演奏会のフライヤ 明日22日の日曜日には松原混声合唱団の突発演奏会があるもので、てっきり出演なさるものと思い込んだ某先輩(ってマコさんだが)に「チケットちょうよ、手伝い要るならそっちでもOK」ってメールしてみたら、とりあえず入場券は送っていただけました。ありがとうございます。

でも某先輩はとっくのとうに松原混声は辞めたそうで、オヤジの死後(7年前だったかな)にオヤジの請けていた仕事はこなしてからの退団だったらしい。つまりとんでもない大暴投をしてしまったのが申し訳なかったのと、あとは俺がEmsemble PMSにそこそこ入れ込んでいるのと某先輩が松原混声を辞めた理由が同じなのが面白いかな。

昨夏の甍演奏会にはシャブ中の発作っぽく出場したのだが(じつに盛会であったし、出れば出たでえらく愉しい)、じつのところ「夏の甍のためにだけ存続しているいらか会合唱団」にはまったく興味がわかずに滅多に行かなくなったのが15年くらい前、いらか会が秋のコンクールへの出場を止めたときのことだ。某先輩(アヤだが)は「単独演奏会を充実させる」とか言っておったがまったく実施されることはなく、単に某先輩がコンクール嫌いだっただけのことだなといまは判じている。無責任なものだ。

松原混声合唱団はオヤジの作った(小史を鑑みるに「作らされた」感がなきにしも非ずだが、小さなことだ)合唱団で、じつは実母が1950sに明大前あたりで松原コーラスを捜してうろうろしていたらしき過去もあって見つからなかったらしいのだが、まあ縁はあるわけさ。僕は早稲田大学高等学院のグリークラブに、伝説の平井秀明(いまは統一教会の先生をしている)に騙されて引っ張り込まれたわけだが、って「コーヒー奢るからさ」って言われて合唱団に入るとか思わねえよふつう。それでその当事の関屋晋はまだそんなに偉くなかったのかな、毎週木曜日には高校の合唱団ごときの練習に来てくださっていたの。これが面白くてなあ、18歳で関屋晋に出会ったのと、20歳でセロニアス・モンクに出会ったのが人生ずっこけた原因なのだが、まあしょうことあるまい。

明日は愉しみにしているのです。

2009年1月25日と26日(日曜日と月曜日)、まるで合唱人みたいじゃないかボソ。
25日の07:46、ensemble PMSのマコさんからの電話で目覚める。

マ「何時に来られる?」
り「んー、10:00目標って感じですか」。

25日の07:48、マコさんからの電話でまた目覚める。

マ「10:00から発声だから、09:45くらいに来られる?」
り「いいですよ」。

ほんとうはあと6分くらい寝る心算だったのだがしょうことねえから起きるかってことで、速攻でシャワーを浴びて鬚を剃って、朝食は麦とろ御飯とインスタント味噌汁。衣裳は白いパンツに赤いセーターにレッドウィングのワークブーツ。

ensemble PMS flier 今日の僕はクラシカルっぽい合唱のensemble PMSさんのステージ・マネージャー業務で、ついでに笛吹きでタンバリン叩き係。自分がなに屋さんなのかまったく判らないのは措いて、と。

ほんとは09:00に家を出れば間に合うのだが、念のため08:30くらいに出発、09:20くらいにサントリーホールに到着。いろいろと打ち合わせなどしてみるのだが、なんかおつむの具合が当社比でよろしくなくてですね、こんなんで本番は大丈夫なのかいなと思うPlaying Managerの僕。いちおう合唱関係者の皆さんにはお伝えしておきますけれども、僕は意外と(あるいはあなたの考えている通りに)無能ですからね。嘗て大きな事故もなく演奏会の差配もこなしておりますが、単にフロックですからね。そんなことをしているうちにイマイズミくんから連絡があって、どうやら楽屋口の場所が判らなくて路頭に迷っているらしい。これは見当をつけて外に出てみて、無事に捕獲。


今日のensemble PMS

CD『小澤&ベルリン・フィル/オルフ: カルミナ・ブラーナ』 到着して主催者控室に入ってみると、アップライトピアノの上に関屋晋オヤジのポートレートが2葉ほど飾ってありました。そうだよな、そういうことだよなとひとりごちてとりあえず合掌。さていくぜ俺たち。

というわけで、リハーサルではリコーダーの出番をトチりまくったりなんだりでですね、でもまあ始まって終わらなかった演奏会はないんだからなんとかなるだろうと思って本番を迎える僕。そんなことでいいのかとも思うが、ほかにどうしようもないのだからしかたがない。

いちおう次回のための備忘録として書いておくと、受付に当日券販売用の釣銭が用意されていませんでした(よくあること)。傘をささない僕には五百円玉を貯め込むというラットのような習性があって(ロックンローラー傘ささない。そんで紙幣が湿気るとどうしようもないが、小銭ならどうとでもなるという理由に因る)、たまたま貨幣で4,000円くらい持っていたもので、千円札を添えてensemble PMSに五千円貸してあげました(終演後に紙幣で返してもらいました。なんかお金持ちになったような気がする)。


全音譜『林光:岩手軽便鉄道の一月 混声合唱版』 林光『岩手軽便鉄道の一月』では僕はソプラノ・リコーダーを吹く。リコーダー・デュオの相方はイマイズミくんで、イマイズミくんはちゃんと吹いてたんだけど僕はけっこう発音がボロクソだったんだけど曲内通過時間9秒ってなもんだからまあいいや(ぉぃこら)。それでその『岩手軽便鉄道の一月』が終わったもんだから控室でうすらぼんやりとしていたら、モニタースピーカーから『星めぐりの歌』が聴こえてくる。あれ? なんか忘れてねえか俺と思ったところにホールのスタッフさんが顔を出して、「あの、照明のキューはいいんですか?」って、思いっきり忘れてました! 慌てて袖まで走っていってインカムをひっつかんで譜面を確認して、「照明その1、お願いします」って言ったのがまあぎりぎりのタイミングで(1小節遅れた? 誤差誤差)、ものすごく危ないところでした。いかんよそんなところで安心しちゃ。

あとはアンコールの荒井由実『やさしさに包まれたなら』でタンバリンなど叩く。コーラスの手拍子を引き継いで四拍子の裏を叩く形なのだが、これが客席から表の手拍子が来ちまって、でも合唱団が強引に裏に持っていく。僕は8小節ほど叩いたらエンディングまで休む予定だったのだが、見ると客席で裏拍を叩いてくれているお客さんがところどころにいて、この人たちを見捨てるわけにはいかないのでお休みなし譜面無視。まあいいでしょう、現場の判断ということで。

そのタンバリンの出番の前にロビーのドリンク・カウンターに行って「ビールをください」と言ってみたら、「もう終わりました」との由。おいおい、いやしくもあらまほしくもかしこくもサントリーホールでプレミアム・モルツも呑めねえってのはぜんたいどういうことだよ横ヤンっ! いやさ佐治信忠さんっ!

終演後、客席にいた知人(ensemble PMSには詳しくない)がひとしきり演奏を褒めた後で、「ピアノの娘(「こ」と発音しやがった)、かっこよかったねえ」と仰る。小さく笑う僕。

そういえば譜面台やピアノの移動なんかの手がちょっと足りないっぽかったので、開演前に客席を一巡していらか会のフジムラさんとアシダくんをちょいと拉致って、休憩時間中に手伝ってもらいました。いつもの手口ですが、ありがとうございました。


イマイズミくん大活躍:

弁天ジャムの輪セッションでちょっと知ってたイマイズミくんはサックス吹きなので笛も吹けるだろうと思って、「8小節吹くだけだから」と甘い言葉で騙して拉致ってきました。

ええ、

  • 前半ステージの音取りピアノを弾いてもらって、
  • スタッフの出迎えに行ってもらって、
  • 笛を吹いてもらって、
  • 譜面台をたくさん運んでもらって(ちょっとした事故があって譜面台の「鋼の足」がイマイズミくんの足の甲にモロに落ちた、いたいいたい)、
ついでに開演前と終演後に受付業務もお願いしました。

イマイズミくんは笛よりも音取りピアノのほうに緊張していたようで、「前の晩はよく眠れなかった」のだそうで。それでもピアノのヨーコ先生の指導の甲斐もあって、本番はきちんとやってましたな。出入り等の指導は僕でした。ほんとは僕が音取りピアノも弾けば済む話だったのだが、ビジュアル的にはイマイズミくんで正解でしたでしょうな。

うん、いつもの手口。というわけでウチアゲ後のイマイズミくんはボロ雑巾のようになって帰っていきましたとさ。もともと風邪っぴきだったところを申し訳なかったのだが、儂らのいつもの手口。


今日のウチアゲ:

書いちゃって構わないと思うから書いちゃうと、合唱団からギャラを頂戴しました。ポチ袋が2つで、どちらかが「演奏家としての謝礼」、どちらかが「ステージ・マネージャーとしての謝礼」なのだそうだけれど、金額比率が3:5でしたね。どっちやろ。そも演奏のギャラってのは笛なのかタンバリンなのか(笑)。まあどうでもいいや、これで僕もプロの笛吹でプロのタンバリニストってわけさ。

どうでもいいけど、プレイイング・マネージャーって合唱界では聞いたことねえずらとも思ったのだが、2月14日の『昭 de Cantat』at 杉並公会堂で僕は受付主任をやってから受付放り出してクロマティック・ハーモニカを吹いて、そのあと合唱団員としてステージに立つのだった。プレイイング・レセプショニストってわはははは。さすがに2月21日の三月会 at 東京文化会館ではステージ・マネージャー業務だけだとは思うのだが、さてどうなるかな。楽しみだな。

そしてサントリーホールの近所のお洒落っぽい(こんなことでもなければ一生涯縁はなかろう)カフェーで、楽しくウチアゲ。総員スピーチ体制で3時間くらいか。そこから近所の和民に移動して、「じゃありびけんに仕切ってもらいましょう」ってまたかよ。まあいいやってんでてきとうに自分の食べたいものばかりを注文して、日本酒はマコさんに一任、僕は引き続き焼酎大臣に自主任命ということで楽しく2時間がところ。例によって全員ボロクソに酔っ払ってなんかよく判らないうちに帰宅(たとえば、最終的に大江戸線に乗るのになんで遠くの丸の内線まで歩く必要があったのかがよく判らないんですよ、モテギさん)。

ふと気がつくと翌日の朝でした。



26日、半ば産卵後のシャケ状態で起床。

挽肉と野菜炒め(味付とくになし) いずれ使い物になるまいと思ってとくに予定も入れておらず、ごろごろしながら都筑道夫『なめくじ長屋』シリーズなど読む。あとは白いジーパンは僕には危険なので履き替えたり(血とか醤油とかが沁み込むのよ)、シャツのボタン付けを一括処理したり、フクナガプレスさんにレタード・ジャケットのメインテナンス代金をようよう振り込んだりといった感じ。

つるかめランドで合挽肉を買ってきて、冷蔵庫にあった白菜と縮み菠薐草を刻んで炒めてみる。これは小分けにして冷凍して、ラーメンの具として活躍させる心算。インスタントでも冷凍でもいいからラーメンを作る際にこいつをちょいと放り込めばできあがりってわけさ、ちょいと忙しくなりそうな気配もあり、準備しておくに如くはなき。


今日の合唱団員:

AKIRA de Cantat さて、『昭 de Cantat』の合唱団員としては練習にも行くわな。17:45に家を出て、18:30には竹橋の丸紅本社に到着。お題の新実徳英『空、海、大地と木のうた』は行きがけの地下鉄東西線車内でざっくり読んで、まあなんとかなりそうな感じだけど終曲で体力が保つかどうかが勝負だなという青筋系。本番前に3~4回くらいは練習にも出られそうだし、そも指揮者の清水昭師父とはツーカーなので心配あるまい。

どうでもいいけど、ジャズとかセッションとか笛とかThe Zirconsとかにかまけているうちに、合唱用の声がすっかり錆びついているのにはちょっとびっくり。そもジルコンズでの僕なんてのはヘ音記号の第二間ハ音からオクターブ下のハ音までで構成されている(『水戸黄門』(in Gm)での主唱を例外とする)もんだから、混声譜だと「ふだん」からまるっきり外れてくるわけ。かてて加えて、ふと気がつくとまともに合唱を演るのは数年ぶりなんじゃねえのか。うっかりすると十年くらいもブランクがあるぞ、大きく出れば村田兆治が現役復帰するようなもんだ。少し自主トレなどかましておく必要はあるらん。

練習終了後に清水昭師父と、軽くジャズのステージのほうの打ち合わせもしておく。腹案で持っていたイントロとアウトロのアイディアはお話しして、テンポとリズムは僕に任せてくれるようなのでもうちょっと崩していくかな、といった感じ。こっちは本番前にリハーサルが1回あるし、本番当日には本番ステージより長いゲネプロが予定されているものだからぜんぜん心配あるまいて。

あとは衣裳だな。これはひぐらしかいらかか丸紅のどれかに揃えればいいだけなので、よほど突飛なことでもないかぎりなんとかなるべい。どこかで確認しておくべし。


今日のジャム・セッション:

かえるの手回しシュレッダー サントリー・ホールで使ったタンバリンは歌舞伎町のライブハウスGolden Eggのご厚意によりお借りしたもの。合唱団から「これをキンタマの店長に」と託された御礼の品もあり、もとよりタンバリンもお返しするわけで、ついでに今日はベッピー・セッションだというので丸紅さんの練習の後に歌舞伎町に顔を出す。aoちゃんに御礼と盛会御報告を申し上げて、御礼の品などを遠慮されるのを無視しつつお渡ししつつイマイズミくん与太話なども含めつつときどきピアノも弾く。

御礼の品は、蛙の手回しペーパーシュレッダーでした。さっそく反古など裁断して「おお、切れた切れた」と喜ぶ儂ら。ええ、ガジェット大好きボーイズですから。
aoちゃん「なにをシュレッドしましょうかね」
りびけん「裏帳簿とかじゃないの?」
ao「裏帳簿作るほど儲かってないよ」
り「だから、粉飾決算したほうの裏帳簿さ」
馬鹿言ってないでピアノ弾け俺。

Golden Eggのセッションなのに参加者全員初対面で(唯一「初対面です」と言っていたパーカスのお嬢さんだけ、以前にぜったい会ったことあるぞ)、雰囲気はフレンドリーもいいところなのだが演奏レベルはでら高かったような。なんかいろいろ弾いて、『カンタロープ・アイランド』を覚えて帰ってきました。よし、収穫。


今日のこれから:

えーと、イマイズミくんとensemble PMSさんとアシダくんとフジムラさんとフクナガプレスさんと、ついでに(失敬)斉藤さんにメールを書いて寝る。

2009年1月17日(土曜日)、The Pied Piper leads Lemmings.
09:00起床。朝、冷凍庫のシャケを焼いて、冷凍ご飯を温めて、味噌汁はナメコと木綿豆腐。

なんかお仕事がどっかりと腰を落ち着けているのをなんとかしたいのだが、いきなり朝からPCがウンでもスンでもなくなりゃがってですね、なんとか起動にまでは持ち込んだのだがこんどはデスクトップが阿呆な画像だけでアイコンが不在。ツールバーすらいねえよ、わっはっは。というわけでお仕事にとりかかった頃にはお昼になっちゃっておりましたとさ。


今日の笛:

AULOS アウロス ソプラノリコーダー バロック式 105A-E そんなことをしているうちに15:00くらいになって、16:00から池尻大橋の図書館でensemble PMSの練習にお呼ばれしているので家を出る。リニアモーターカーの中井から青山一丁目、乗り換えて池尻大橋駅へ、ドアツー駅で40分くらいか。便利になったものだ。
てろれんの例。 16:45に駅で笛吹のイマイズミくんと待ち合わせて、図書館へ。ほんとは吉蕎麦でも手繰ってからにしたかったのだが、時間もないのでそのまま図書館に入ってホール前のソファでイマイズミくんと軽く譜面の打ち合わせなど。あとは合唱団との合わせを軽く3回ほど演ってみて、二部音符100くらいの筈の楽曲のあまりの速度にちょっと驚く。あとソプラノ2本のデュオがあんまりやかましいし共振してしまうような気配もあったので上手と下手に分かれて演奏という不思議な仕様が決まったりする。知人が遠くへ行くので送別会があるというイマイズミくんはそれなりにおめかししていて、合唱団の偉いひとから「衣裳、それでいいんじゃない?」とご託宣がくだる。赤いジーンズにてろれんとしたシャツを着用していた僕はどうしましょうか? 「君はそれでいいよ」って言われた。ようがしょう、ほんとにこれでサントリーホールに行ってやる。


ensemble PMS flier 17:00に練習終了、お仕事がぜんぜん終わっていないので直帰しようと思ったのだが、よく考えるとお腹が空いたままだし、聞いたら「練習のウチアゲ」で近所の蕎麦屋さんに行くというので付いていく。いちおう本番の打ち合わせという大義名分もあるしな、リハーサル特区だしな、ちょっと食べたらすぐ帰ろう。

家路についたのは20:00ころでもあったか。いやあ、香名屋さんは食い物なに喰っても美味いし酒美味いし蕎麦美味いし、PMSの皆さんの飲み方が半端なくてですね。たいがいどこに行っても宴会では僕がばかすか飲みまくるのは皆さんご存知とも思うが、あそこに混じると僕なんかふつうです。いっそ下戸かもしれない。8人で日本酒の一升瓶を4本がとこ空けたぞ。なんか奢ってもらっちゃったぞ、Viva! 最年少。ごちそうさまでした。


帰宅して、とうぜん仕事になんかなりゃしないのでばたんきう。
26:00くらいに起き出して、寒いなかお仕事。
2008年7月6日(日曜日)、876。
DVD『タクシードライバー』 NHK BS2で『スタートレック』を眺めていたら、脚本がポール・シュレイダーでした。驚いた。中身はね、誰からも相手にされない孤独な宇宙人がカーク船長以下をコケにしまくって破滅する話。って、『タクシードライバー』から『ローリング・サンダー』から『ハードコアの夜』から全部同じやんけこの人、こりゃすごい。モンクやキースがどこを切り取ってもモンクやキースであるのと同じなわけで、僕は大好きです。

今日の笑い話:

朝は「06:45に起きて顔を洗っている夢」を見ながら07:00まで寝てました。あはははは、30歳過ぎてなにしてんの俺。


今日の876

夏ですね。 清水昭先生のカホンのでっかい黒いケースを抱えて家を出て、大江戸線から南北線を乗り継いでサントリーホールへ。時節柄(洞爺湖サミットね)そこここにいらさるお巡りさんが全員俺のほうをガン見なされる、あはははははは。むべなるかな、明らかな不審人物だもんね。

というわけで09:00にはホール入りで、この時刻に到着した時点で今日のミッションはだいたい終了。あとはまあ終わるだけなのだが、出演陣の異様な貫祿にちょいと圧倒されつつ威張り倒しつつ、面倒なところはぜんぶアウトソーシングしつつ(カサギさんに「カサギマター」指令たくさん、イデパパに表はぜんぶお任せ、段取りはカルベさんにお任せ、音取りピアノはたまたまそこにいたヒダカちゃんにお任せ、ってヒドいね俺も)、うすらぼんやりとしていたらそのうち終わった。

ハイライトはあれだな、下手にいらした新実徳英先生を軽部アナウンサが呼び出したときに僕は上手で譜面台を運んでいて、呼び出しと同時に段差でコケたらこれが客席にウケました。よし、今日のベストアクト。どういうステマネやねん。あと、終演16:30に納まらないと追加料金5万円だったんだけど、なんとか16:28終了で納めたというか納まったのは僕の手柄ではないのだけれども、これはガッツポーズ出るよね。どういうステマネやねん。そんで演奏会としてのデキは言わなくても判るとして、集客がキャパ381のとこに340の(自由席の合唱の演奏会としては)超満員。消防法の壁にいろいろと阻まれながらもなんとか無事に済んだので、俺としては合格点かな。みなさんありがとうございました。オヤジどう見たかな。


1,480円でウニ、サザエ、シマアジ、タコ、あといろいろ。 あとはレセプションで飲み倒しててきとうなことを喋り倒して、二次会はなんでか仕切って、あとボケちゃんともう一軒いって豪華刺身(写真参照、これで1,480円)など食い倒して帰宅、ばたんきう。



明日は、

というか今日だけど、The Zirconsのライブ at 曙橋Back In Town。ちょいと昼寝してから譜面書かねえとかんな。

ensemble PMSの話。
リハーサル中。 成人の日に「お手伝いをお願い」つって呼ばれて行ってみたら、いきなり僕がステージ・マネージャだった合唱団の演奏会のお話です。ちと都合があって詳報しておいたほうがよさそうな。

ensemble PMSをパラフレーズすると Paean to the Memory of Sekiya なのだそうで、つまり関屋晋トリビュート合唱団だと思っていいのでしょうね。そんなもんがあるなら俺を呼べよというのは僕としては当然のことなので、たまさか呼んでいただいてよろしかったことでした。そこはほんとうに感謝しています>>PMSのみなさん。

合唱団の面子はほんとうに凄くて、ソロの凄い人がどんなに集まってもいい合唱はできないのは承前として、合唱の凄い人(ニアリーイコールそんなのは市井にいるふつうの人です)が合唱に乗ってソロを取るとどれだけのことができるのか、というのが判りやすかったと思います。それでどう集めたのかは知らないけれど、ひとりでそのへんに放り出してもひとりで歌えるかたがゴロゴロしておる。ちょっと本気出してみましたモードだもんで、ステージの演出とかはボロクソでしたがね、取り敢えず声が出ていれば問題あるまいと。


当日の朝、10:30にJTホール集合と言われていたところを10:30に着いてみたら、なんか知ってる合唱団関係者がうじゃうじゃいました。えーと、松原混声のかたとか、早稲田のフリューゲルのOBとか、そんな感じでしょうか。ええ、この時点で誰がなにを演る演奏会なのか僕はまったく知りませんのでした。

それで現場に着くなりマツイ先輩に「りびけんの評判、うなぎのぼりだよな」って言われてなんのことかと思いつつタイムテーブルを見たら、「ステージマネージャ:りびけん」と書いてある。聞いてねえよ(笑)と思ったら、ステマネに予定されていた山口敦先輩(仮名)が前日になって「すんません、行けねえ」と言ってきたらしい。かつて夏の甍演奏会をすっ飛ばして僕にステマネを押しつけた茂木伸仁先輩(仮名)も、今日は出演があるのでマネージャなんかはできない。結果的に、当日の指定時刻にその場に到着するだけでなにかを成し遂げたような気になっている僕の株だけがうなぎのぼり、というわけさ。それ、周辺が暴落してるだけじゃん(笑)。

合唱団サイドで運営に廻っていたのは実質僕ひとりで、でもモテギさんが段取りはぜんぶつけておいてくれたし、ホールの裏方さんは「こっちに任せとけ」って感じであんまりコミットすらさせてくれないし、受付にもクロークにもプロの業者さんが入っているしで、仕事としては楽なもんでしたな。開場や開演時刻の判断もけっきょくイウチさんのほうに問い合わせて済ませましたし、あとは細かいところをメンテするだけ。

合唱団も凄いけど、ホールも凄い。生音の合唱でこれだけ気持ちのいいホールを僕は他に知りません。上野もカテドラルも浜離宮もかないませんね。合唱団の皆さんも聴かれるだろう録音物件はたぶん僕が袖のモニタで聴いていたものと同じ音源だろうからもうひとつ愛想に欠けるところはあるかもしれないけど、そのぶん現場で生音で聴けたお客さまがたは幸せだったと思います。

集客は、キャパ256のところ、222だったかな。未だにネット検索にひっかかってこないところをみるとアナログな集客方法だったのだろうけれども(貶してません)、「立ち見が出たら公演中止」とかいう話もあったもんだから、見事な見切りというべきなのでしょう(ただの偶然だということを僕は知っていますが)。


リハーサル中。
ensemble PMS Debut Concert
Jan. 14, 2008
open: 13:30
start: 14:00
at JT Art Hall Affinis


そんなことで僕も面白がっておいたほうが関屋晋オヤジさんも喜んでくれるだろうこととて、いくつか。

  • さすがにJTのビルだけあって、そこここに灰皿があってタバコ喫いまくりでした。でもJTブランドの飲料とかタバコとかの自販機ってみかけなかったような気がするんだけど、見落としたのかしら。
  • 終演間際になってから受付を通られた振袖姿の娘さんがいらっしゃいましてな、ほんとは演奏中は入場不可なんだけど、あんまり可愛いので入れちゃいました(そんな態度ですよ僕は)。あとで聞いたらマツイさんの娘さんなのだそうで、成人式の帰りによってくれたそうです。ありがとうございました。
  • 午前集合の午後本番とて、とうぜんのように昼飯が供される。僕は貰ったサンドイッチをパックごと床に落としちゃいまして、「厄落しだからいいや」とか思っていたのですけれどもやはり惜しかった。
  • 実はステージにあがった人間(僕もピアノ運んだりしますからあがってるんです)のなかでは僕が最年少だったように思うのだが、その大先輩たちが僕をステマネだとか思ったからなのかたいへんだなと思ったのか知らねえけど僕を「りびくん」とか「りびさん」とか呼ぶのが不気味でしたな(キミエさんとか特に)。まあ「うなぎのぼり」の余波とでも受け止めておきましょう。
  • シリアスな演奏会なのに信じられないことに「リーダー・井内誠とのジャンケン大会」というのがあって、井内さんとのジャンケンに勝ち残ったお客さんにはプレゼントがあるという。僕はその次に「合唱団がフロアに降りてくる」という演出があったもんでフロアで待ってたもんで、ついでにジャンケンもしていいところまで行ったのですが、惜しかったな。そして合唱団は「降りてくる」という演出をすっかり忘れていましたとさ。いや小さなことです。
  • そのあとフロアを巻き込んで『花』(春のうららの隅田川のほう)をお客さんと一緒に合唱するわけで、合唱団が演出を忘れても僕はそこにいるので一緒に歌っていました。たぶんin Gあたりだったと思うのだけれども、二重唱の下のパートをオクターブ下で歌っていたら直前の列の幼稚園児が怯えておりましたな、ごめん(笑)。生声のLow Aとか聴くのも人生でそうそうないからね、堪忍してね。
  • その『花』なのだが、終曲間際のたとえば「眺めをなににー(フェルマータ)」のところで、ヨーコさんのピアノが半音上のディミニッシュに行ってしまう。キーから言うと4度のところにいる「下パート」のお客さんは置いてけぼりになっちゃうわけで、あれは四度マイナーか増五度に行くべきではなかったのかと思いました。
  • そしてウチアゲで泥酔。いつも通り。

オヤジが死んじゃってもう3年も経つんですね。

当時に人と話していて言われた「いい死に方だねえ」というのも、今になれば納得できます(当時は自分を納得させてた)。今回の演奏会について指揮者がいなかったのは「そりゃそうだ」というのも話を聞いた後に思いましたが、「オヤジの背中が見えた」については‥‥あるかも知らん。関屋チャイルドそれぞれが健在であることは確認できる演奏会でした。

いい日でした。

2006年2月17日、お間抜け。

プリンタ。

君は覚えているかしら、昨1月23日にプリンタの不調に伴ってPCのネットワークをいじっていたらあっという間にインターネットまで繋がらなくなって僕が不貞腐れたことを。その後もネットワークは回復したもののプリンタは使えなかったのだけれども、今日になって判明したのだが、USBケーブルが引っこ抜けていました。そりゃ動かないわけだわ。

というわけでUSBケーブルを刺してみたんだけど、やっぱり動きません(笑)。


デジャブ。

僕んちのポストは玄関扉にあいた「穴」で、郵便物や土筆堂さんが配達してくれる書籍はそこに放り込まれて、三和土にすとんと落ちる。

今日も1日の仕事を終えて帰宅して、三和土を見ると早稲田大学高等学院グリークラブからハガキが届いている。おや、3月の定期演奏会のご案内だ。もうそんな時期かぁ、今年はなにを演るんだろう。え? 『白いうた青いうた』、『日本の民謡1』、『芝生』? どっかで聞いたようなプログラムだなあ。ピアノは佐竹先生と昭さんとして、指揮が清水敬一と関屋晋と森友紀(学生指揮者)って。はっきり言って、腰が抜けた。

なんのことはない、玄関先につくねておいた昨年のご案内ハガキがついと三和土にこぼれただけでした。今年の学院グリーの定期演奏会は3月28日、こまばエミナースにて開催されます。


泥縄。

よこやん 明日の『ヨコ★YANG スペシャルナイト』 at ソケーズ・ロックなのだが、頼まれている『Bohemian Rhapsody』『もののけ姫』はなんとかせんとなあ(『イパネマの娘』は何百回演奏したか判らんくらいだからとりあえず措く。実は人前でウクレレで演奏したことないけどな(笑))。と思っていまちょっと『ボヘミアン・ラプソディ』のほうをピアノで弾いてみたら、ぜんぜん弾けません(笑)。音源を聴きながらコード譜を取ってみて、そのあとはイメージ・トレーニングでなんとかして。よし、なんとかなりそうな(ほんとか?)。
『もののけ姫』のほうは‥‥ふつうにコード拾っておくか。

その『ボヘミアン・ラプソディ』を検索するのに、ラプソディの綴りを「Raphsody」としておりましたな(「h」の位置がおかしい)。いや、それで見つけたサイトなんだけどさ(笑)、それくらい知っとけ>>俺。なんだよ、「ラフソディ」ってのはよ。


凡ミス。

今日の音羽屋編集部では「通達メールのまとめ出し」というのがあったのだが(社長の判断では「りびマター」らしいのだが、もとより時給制だからって手を抜いたりなんだりはいっさいしないのだが、しかし時給バイトには時給バイトなりの"分相応"というものがあるだろうとも思うのだが。いいんだけど)、某企業研究所の先生宛のメールがどーやっても不達になっちまう。
以前に同業種の先生にメールを送ったときには、「添付ファイルが2MBで限界」という安っちい企業ドメインのせいで不達になりまくったことがあって、「この業種のメールは安いのだろうか」などとも思ったりしたのだが、調べてみたらなんのこたぁない、メールアドレスの綴り間違いでした。僕たちには関係ない事務局側のミスなのだが、いまどきメールアドレスをコピー&ペーストじゃなくて手打ちでやってる人がいるんだなあ、なんて感心したことでした。

しまった。

先週だったかに「確かに東中野ライフで買ってきた筈の甘塩の鱈の切身がない」って家庭内ひとり大騒ぎしていたのだが、昨晩になって当該魚が冷蔵庫の奥から発見されました。いくらなんでも消費期限が2月11日じゃあ食えねえよなあ、ちっきしょうめ。

まあ、もともと300円くらいの鱈が半額になっていたわけだから、昨晩の「冷凍食品4割引をまとめ買い」でほぼイッテコイではあるのだが。


放っといたりぃな。

ワイドショーのバカなコメンテーターみたいなことを書く(そうなっちまった)。

18歳だかの女性アイドルがファミレスで喫煙したつうて(なんか男子グループでもあったよな)、どうやら大問題になっているとか。18歳なら俺、とっくに煙草喫ってたよ。22歳くらいでマリファナやってたこともある(時効だけどね)。エルとかコカインに行かなかったのは、どうやら「酒」がいちばん自分に向いていると思ったからだし、それは煙草やマリファナが入口にあったからだとも思うわけよ。

そんなもん、疑似体験なりを周辺の大人が教えてやるべきでしょうが。
大学で合唱団に入ったときに、高校時分から酒を飲みつけていた僕の最初の役目は「同期の新入生に酒の飲み方を指導する」ことでした(先輩がたはわりと役立たずでした)。そういう「経験則の必要となる場」で「経験を持っている人間がいる」ことは必要だとも思うし、女性アイドルさんの場合にはそういう人間がいなかった。ちょっとかわいそうな気もするわけですよ。

若い俳優さんの「隠し子騒動」もヒドかったな。人前に出る職業のひとの行跡だの人格だのを言ってもしょうがないでしょうに、なんで言い募るかなあ。意味が判らない。

あと、雪祭りで失敗した人の扱い。文句つけんならお前が自分で行ってこい。ほら、ワイドショーのバカなコメンテーターみたいになっちゃった。まあいいや。


明日以降は、
  1. 土曜日の午前中にテキスト作成が一発。1時間はかからんでしょうが、入稿が遅れると月曜朝作業になっちまうんだな、これが。まあいいや。
  2. 13時からセンセーの団体戦で、事前に譜面を一発書かなきゃならんのだよなあ。まあ、これはなんとかなるでしょう。
  3. ヨコヤンナイトは20時くらいかららしいので、その前に『ボヘミアン・ラプソディ』と『もののけ姫』をピアノで弾けるようにしておいて(ウクレレのほうがいいかも)、と。なんとかなるべい。
  4. 日曜日は早起きして『最初はC』のオフ。午前中の僕の講座のレジュメがまだできていません。これもあす夕刻までに作っておく必要があるなあ。
  5. それで明日か明後日に音声ファイルを受け取って、60分ぶんのテープ起こしが月曜日じゅうけつかっちん。
というわけで、例のテープ起こしのフィニッシュが音羽屋社長の肩に重くのしかかっているような気もするのだが(僕が今週サボっていたせいなんだな)、テープ起こし部分はやっちゃったからあとは「編集作業」なので僕に責任がひっかかってくるのかどうかが微妙なので、反省したもんかどうかも微妙なところなんだな(全容を聞いたのは木曜日の午後だ)。いちおう申し訳なくは思っているのだが、このスケジュールには入らんぜよ、とも身勝手に思うところではある。

どうしたもんかなあ。

『関屋晋先生を囲む会』 at 人見記念講堂(2)。
落ち穂拾いたらん。
■東京急行さんの対応。

開場後しばらくして、三軒茶屋駅のほうに配置しておいた学生さんから電話。

学「駅から追い出されましたぁ!」
り「どちらの駅ですか?」
学「三軒茶屋ですぅ!」
判っとるちゅうねん、どっちの路線やねんがな(笑)。

学生さんは「ご案内」というネームプレートを装用して、「関屋晋先生を囲む会」というプラカードを持って立っている。そのプラカードが「宣伝活動は禁止」とやらいう理由で追い出されたらしいんだな。行ってみたらプラカードなしの「ご案内ネームプレート」だけで働いていてくれたのは心強いのだが、「サンドイッチマンと一緒にすんなよ東京急行」などともちょっと思いました。
とくに文句があるというわけではなく、「ご案内」の学生さんに対して「なんのご案内なんですか?」という質問もあったようだし。看板くらい持たせてくれていれば誤解もないと思うのだけれどもなあ。

『関屋晋先生を囲む会』 at 人見記念講堂。
僕にとっては『オヤジを囲む会』と言ったほうが通りのいい、久しぶりの晋友会の集まりではあった。かつてはけっこう毎年開催されていたような気はしていて、オヤジ(つまり関屋晋先生である)がにこにこしながら客席で聴いている目前のステージに上がって、けっこうな名演をしちゃったり素敵なトンチキをぶちかましていたりしていたような記憶はある。文献をあたるとどうやら1963年に第1回が催されたらしくて、ってそんな昔のことは知らん。そして今日が最終回で、主役たるオヤジはお骨になっての参加だ。
僕には、学生さんたちを差配しての「三軒茶屋駅から昭和女子大までの誘導」係というミッションが与えられてはいた。まあお客さんの数も読めないわけだし、「道案内」になるのか「交通整理」になるのかさっぱり判らんのだがなんとかしましょう。
明後日(5月4日)はオヤジの葬式。
合唱指揮の関屋晋先生(僕の言うところの「オヤジ」)の追悼で、有志いろいろで『関屋晋先生を囲む会』が開催される。開催詳細については「続き」に再掲しておくので、よろしければご参照ください。
『囲む会』自体はほんとうに追悼の会であって、献花があって、あとは何曲か歌うくらいのことかしら。この記事のタイトルで「葬式」としたのは単に僕の気持ちであって、「追悼集会」であることは間違いない。

運営サイドにお手伝いをボランティアしておいたら、今日の午後になって、三軒茶屋駅から会場までの間に配置しておく予定の「道案内の学生さんたち」の差配を任されました。うん、いい役回りだと思う。
今日の昼間にざっくり地図を眺めて、人員配置は考えてみました。世田谷線のほうの三軒茶屋駅の改札に1人。田園都市線のほうの地下改札に1人、地上出口は6か所もあるので現場で塩梅するとして、あとは例の四叉路に1人置いて、昭和大の門前にも2人。三宿側はどうしようかな、って感じでなんとかなるでしょう。


学生さんの差配をなんとかするのは大前提として、できれば学生さんたちにもセレモニーに参加していただきたいものだとは思う。よく考えると人見の場所を知らない参加者も少なかろうし(少数者を排除するわけではなく、少数であれば対処も少数でよかろうという考え方)、てきとうにお客さんの途切れたあたりを判断して学生さんも式典に放り込んじゃうつもりではいる。そのほうがいいでしょう。

僕自身は式典への参加はあきらめているもので、だいたい門外でうろうろしているつもりではいるのでした。献花はどこかでするとしても、僕が音楽についてオヤジに学んだことは合唱以前に「大切なのはノリ」だということなのであって、ことさらに追悼で歌いたいとも思わないのでした。そも、近年は「ウラカタ」としてのお付き合いのほうが多かったわけだし。

近しく指導されていた学生さんたちが歌ったほうがよっぽどいい。もちろん、間に合えば僕も歌いたいのだが。


忘れていたもので、さいとうさんには連絡してコスコスにも連絡してもらうようにして、ついでにヨコタくんの家にも電話しておいた。ヒライは知ってるものとして、あとの同期は連絡先なんぞ知らんのでどうしょもない。
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